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God of Labyrinth  作者: 無月
二章 白紙のページ
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二章 白紙のページ5話

「あの時は君の体調が悪いなんて分からなくてさ、本当にごめんなさい!」 

 

 ミカエルは冬華の側まで駆け寄り、軍帽を脇に挟み上体を直角に曲げて謝罪してきた。

 ニクロム、シュイン、イグネス局長がミカエルを笑顔で睨みつけている。どう見ても体調悪そうだっただろ、とでも言いたげに視線は同じ方向に集中している。

 彼らの視線を感じつつ、冬華は引き気味に苦笑いをしてミカエルに話しかけた。


「えっと、もう気にしてないし大丈夫だよ。体の調子も元に戻ったし、気にかけてくれてありがとうミカエルさん」


 そうお礼をすると、ミカエルは顔を輝かせた。

 瞳を潤ませながら屈みこみ、冬華の両手首を握り腕を持ち上げぶんぶんと上下させられる。


「君って良い奴だな!! 俺、殴られる覚悟で来たからさ、優しい子で良かった。あと俺のことは呼び捨てで大丈夫だよ。君のことも普通に呼ぶから」

「う、うん。わかったよ」


 冬華はイグネス局長の背後にいたシュインの顔を覗き見る。

 何かを察したのか、シュインは花が綻ぶように微笑み返していた。


「僕も呼び捨で構わないですよ。さん呼びだとなんだかくすぐったいですし、お互い気軽に話しましょう」


 彼の朗らかで優しげな笑顔に冬華の表情は柔らかくなった。


(ニクロムは人懐っこい笑顔だけど、この人はなんだか心が癒される笑顔だ。人それぞれ違うんだね)


 隣に立っていたニクロムの顔をちらりと見た冬華だったが、次の瞬間目を見張り息を呑んだ。

 ニクロムは無言のまま目と眉をつり上がらせて、表情は氷のように冷たく、瞳は濁り光をなくしている。何処を見ているか分からない、心ここにあらずで佇んでいた。

 気になって手を伸ばそうとするが両手首を力強く握られていて動かせない。

 ミカエルは離す気はないらしく、半泣きで感謝の言葉を繰り返し呟いている。


(ミカエル、周り見えてないのかな)


 冬華が困り顔で頷いていると、沈黙を守っていたハリスが側に近づき、平手でミカエルの頭を力強く叩いていた。その拍子に握られていた手が離れていき、反射的にニクロムの片腕を掴む。


「な、何すんだよー」


 ミカエルは頭を押さえながら上半身を前のめりに傾け、上目でハリスを睨みつけている。


「いや、頭に虫がついてたから払っただけですよ」

「虫ってお前」


 ハリスは何度も手を払いながら何事もなかったように振舞っている。

 内心でハリスに感謝し冬華は一息つく。すると、肩をトントンと叩かれた。


「どうしたんです冬華さん? 私の腕なんか掴んだりして……」


 ニクロムはキョトンと口を半開きに冬華の顔を覗き込んでいた。先程の表情は消え、明るさを取り戻している。

 彼の腕を冬華はゆっくり手を離す。


「ニクロム、さっき顔色悪そうだったけど平気?」

「私、そんなに酷い顔してたんですか? は、恥ずかしいところを見せちゃいましたね。どうか忘れて下さい」

「……うん」


 ニクロムは決まりが悪そうに笑っている。

 冬華はその様子に違和感を覚え首を傾げた。何かを隠そうとしているような誤魔化し笑いは不安にさせる。


「ちょっと君たち、話はまだ終わってないんだが。続けてもいいかね?」


 イグネス局長の一声で室内は静かになる。

 言い争っていたミカエルとハリスも波が引くように定位置に戻っていった。賑やかさは影を潜め、再び緊張した空気が満ちる。 


「冬華君は二人と面識があったんだったな。まあ、改めて紹介すると、シュインは医療に携わる専門医だ。管理局にいる医療班は殆ど出払っていて班長のシュインが医務室を守っている。護衛中は代わりの者が医務室にいるから心配はない」

「気分が優れない時は何時でも僕に声をかけて下さい」


 シュインは姿勢を正し慎ましくお辞儀をしている。

 ロングコートを翻し、磨かれた黒いブーツを鳴らして足元を揃えていた。

 日に照らされた空色髪は微かに黄緑がかり、肩にかかった両房は流れ落ちていく。きれいな目元から覗く瞳は空に散らばれた星のように光輝き、なだらかな眉は温和さを感じさせる。


(失礼かもしれないけど、カインとは間逆だ)


 もし、隣に双子の弟カインがいたらどんな態度でこの場にいるのだろうか。

 鋭く尖った眉と目元、紺青色の瞳は鉛のように暗く、歪んだ表情から舌打ちを鳴らす音が脳内で聞こえてくる。想像した冬華は身震いをし、考えを放棄した。


「で、そこにいる赤髪が私の弟ミカエル・ベルセルド。ニクロムと供に派遣科に務めている。仕事があれば雑用から掃除、下請け業その他色々な仕事を請け負っている。あと、今日からこの館にミカエルも住むことになったからよろしく頼む」

「みんなよろしくな!」

 

 イグネス局長が紹介し、元気よく返事をするミカエルに対して冬華の顔色はみるみる青くなっていく。

 すかさず後を振り向きニクロムの顔を凝視する。

 彼は視線を逸らし、下手くそな口笛を吹いてはぐらかしていた。左隣のハリスは肩を竦めて両掌を持ち上げニヤリとしている。


(もしかして、知らなかったのって私だけ……)


 軽い衝撃を受けて冬華はがくっと首を傾げる。

 あからさまな落ち込みようを見てか、ミカエルは額に汗をかき戸惑いの表情をうかべていた。


「おいおい、何落ち込んでんだよ。俺、またやらかしちゃった?」

「えっと、大丈夫だから。貴方は悪くないから気にしないで」

「お、おう」


 おろおろしているミカエルをよそに、イグネス局長は咳払いをして場を整える。そして、懐内ポケットから長方形の封筒を取り出していた。それを冬華の手の届く位置に置く。


「最後の件だが、実はここに一枚の手紙がある。冬華君宛だ」

「私宛の手紙?」


 知り合いと呼べるような人間はいない筈、冬華は小首を傾げて封筒を手に取り眺める。

 一見何の変哲もないザラツキがある薄茶色の封筒だ。赤い蝋で垂らされた封蝋を外して中の手紙を確認する。

 高級そうな厚手の白い用紙が二枚、達筆な文字でつらつらと書かれてあった。

 案の定、書かれてある文字は読み取ることは出来ないが、途切れ途切れの単語は何とか読める。


(白葉、パーピュアにて、ジブリール、娘? これじゃあ文章になってないし宛名も解読出来てないや)


 難解な問題が出題された時に味わう苦々しさを覚えつつ、冬華は口元を縫い合わせるように閉じた。

 だが、あっさりイグネス局長の口から答えを言い渡される。


「差出人は白葉騎士団ジン・フリード団長閣下、冬華君の伯父に当たる人物だ」

「私の伯父? お父さんにお兄さんがいたんですか? でも、下の名前が違うような……」

「それは、ジブリールは養子に出されたんだよ。白葉の能力に恵まれなくてね、普通は後天的に表れる白葉もいるんだがフリード家はそれを許さない家柄だ。まあ、ジブリールは結局白葉にはなれないままだったがその代わりに黒葉の能力が宿り管理局員になったよ」


 そして、イグネス局長は一つこうも付け加える。


「念の為に言っておくが、白葉や黒葉選定は血筋で決まる訳ではないからな。白葉では珍しいことではないが、ジブリールの父親が白葉だったとしても冬華君自身は関係ない。君たちは人間だ」


 人間。

 その言葉に冬華は内心安堵していた。

 もし、白葉の能力が受け継がれていたしたらと思うと気が遠くなる。


(長寿なんだよね。流石にそこまで長生きだと厳しいし辛い)


 白葉からしたら人間なんて瞬く間にいなくなっていそうだ。

 もしかしたら、フリード家はそれを危惧して白葉に選ばれなかったジブリールや他の血縁関係者を養子に出していたとしたらなんだか悲しいと、手紙を見つめながら冬華は胸の内でそう思い口を開いた。


「この手紙の持ち主は私に会いたいんですか?」 

「ああ、現当主である長男が家督を受け継いでいるが、多忙な身の長男に代わってとのこと手紙に記してある」

 

 冬華は眉を引きつらせ、手紙を折りたたみ机の上に置いた。


「私の存在は何処まで知れ渡っているか分かりませんが、彼らはどんな理由でこの手紙を送ってきたんです?」


 血縁者として会いたいのか、それとも別の意味でかを推測するなら前者が望ましいが確証はない。

 冬華が思案していると、ニクロムが前に出て説明しはじめる。


「彼らは信頼出来る人たちですよ冬華さん。フリード家は代々騎士輩出が有名な名門家ですが、黒葉との繋がりも強いんです。ただ、他の騎士団長や王に仕える人間に知られるとまずいですね。何の解決策もないいまま強引に王都に連れて行かれちゃいますよ。本来、剣に選ばれた人間は城に身をよせなくてはいけないんです。婚礼儀式が終わるまで城から出られません」

「城から出られないって、何も出来ないってこと? 婚礼儀式が終わるまでだなんて、剣も見つかってないのにどうしてやろうって思えるのよ」


 冬華は立ち上がり、ニクロムの方を見上げる。

 ニクロムは両目を伏せ、胸を押さえて苦々しげに言葉を紡ぎはじめた。


「彼らは婚礼儀式には興味がありません。欲しいのは紋章樹の恩恵のみ。剣がなくても、儀式が成功、失敗しようが紋章樹が無事なら他はどうでもいいんです。そんな考えを持つ白葉も存在していることが、私は嘆かわしい」


 一瞬の静寂。

 重苦しい空気を切り開いたのはイグネス局長の声だった。

 

「そこで、提案があるんだが。身を隠す手段として、冬華君には一時的に管理局員になってもらいたいんだ」

「……え?」


 イグネス局長の申し出に冬華は口をポカンと開き、目は点になった。


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