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God of Labyrinth  作者: 無月
二章 白紙のページ
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二章 白紙のページ3話

「君の両親、父親の名前はレイン・ジブリール。母親は、異世界からきた女性だった」


 粛々とした空気から切り出した精悍な声に冬華は目を瞬かせた。

 母も異世界に迷い込んだ一人だと知った瞬間、冬華の体が小刻みに震える。


「お母さんが異世界人?どうしてここに……」

「君の母親がなぜゴッドラビリンスに迷い込んだのかは分からない。ただ、近年他世界から来る人間が異様に増えている。仮説として考えられるのは紋章樹が関係していると我々は睨んでいるが」


 増え続ける異世界人。

 一つだけ思い当たる節が冬華にはあった。


(未来が言ってた異世界の案内人の話と関係があるのかな?)


 冬華の世界では異世界の案内人事件が噂されていた。

 学校で出会った黒マント姿の人物が案内人がゴッドラビリンスにいるのなら、異世界の帰り方も分かるのではと冬華は考える。


(ここで黒マントの話をする? いや、もう少し話を聞こう)


 冬華は違う話題をイグネス局長にふった。


「紋章樹の影響ですか?」

「うむ、紋章樹は人々の心を、物語より生まれる始まりと終わりを力に変えて循環しているんだ」

「始まりと終わり?」

「それらが循環することにより、紋章がつくられ、我々白葉、黒葉そして枯葉と呼ばれるものが生まれる。枯葉は全身が黒く赤い目をした人に近いものたちなんだが、冬華君も遭遇している筈だ」


 枯葉。

 強烈に蘇る記憶の断片には、赤い目が冬華を射抜いていた。おもわず身震いをし冷静さを取り戻そうと頭を振る。

 教会で遭遇した赤い目の化け物。眼光は人とは程遠いものだった。

 冬華が一人であの場にいたのなら間違いなくただではすまないだろう。

 小さく頷く冬華を確認したのか、イグネス局長は話しを進めはじめている。


「人々の心は物語へと変わり、本に形づくられ紋章樹へ渡る。我らの世界では、本は魂と同じ存在だ」 

「……本が魂の形」

「幼少期から高年期にかけて物語りは別けられ、一定の年代になると感情が本となり各々の暮らしている教会に集められ我々白葉、黒葉が回収する。一般人には本は視認できないが、決めれらた年齢に教会へ赴くよう義務づけられているんだ。が、本の回収量が日ごとに減少している。そのせいか、紋章樹が闇雲に本を取り込もうとしているんだ」


 冬華はとっさに両手をつき、身を乗り出した。


「異世界の壁をまたいでまで、紋章樹は本を求めているんですか?」

「ああ、迷い込んだ異世界人は帰る術もなく、ゴッドラビリンスに留まるほかない」

「で、でも紋章樹と異世界が繋がっているなら何処かに出口があるんじゃないですか? 私が違う世界にいたんです、不可能じゃないですよね?」


 イグネスは深刻そうな表情で首を横に振っている。


「残念だが、調査しようにも結晶が邪魔をして進めないんだ。幾重の結晶柱が道を阻み、砕くことが困難。気を許すと結晶が体に纏わり身動きが取れなくなる。人の手ではどうすることも出来ない現状だ」


 冬華は言葉を返そうとするが躊躇い口ごもる。

 

「あの、救世主と紋章樹の守護者はいないんですか?」


 この質問に冬華自身驚いていた。

 物語に関心がなかった筈の冬華が率先して口にしている。


(私は、変わらないと駄目なんだ。知らないことをちゃんと学ばないと無知ではいられない)


 冬華の質問にイグネス局長は顎に手を置き首を捻っている。


「読み手のことを言っているのか? 確かに可能性はあるかもしれないが、彼らは遠い昔に姿を隠し何処にいるかも分からないのだ」

「そう、ですか」


 冬華は乗り出した体を椅子に納め座りなおすと顔を下げる。


(気づかない内に攫われて家に帰れませんなんて言われたら、私なら辛くて苦しいし、悔しいよ)


 他の人はどうなのだろうか。

 紋章樹を恨めしく思うかもしれない、憎むかもしれない。もしくは感謝する人間だっていてもおかしくない。

 色々な思想をもった人間たちが迷い込んだ世界でどう生きていくのだろうかと、冬華は頭に手を置く。


(でも、私がゴッドラビリンスの住人だとしても、帰る場所はあそこなんだ)


 冬華の決意は揺るぎなく、顔を上げてイグネス局長を真正面に見つめる。

 彼は複雑そうな表情で冬華を見つめて、小さく咳払いをし口を開いた。 


「冬華君、紋章樹は本意で本を取り込もうとしている訳ではない、蝕まれているんだ」

「蝕まれている?」

「そうだ。ムシクイと呼ばれる物語を喰う害虫に紋章樹は少しずつ侵蝕されている。婚礼儀式はムシクイを抑えるために行われているんだ」

「昔は生贄を奉げる儀式だって聞きました。今は廃止されたって……」

「廃止されて当然だ。あんなことは二度と繰り返してはいけない。あの儀式で大勢の者たちが命を落としていった。安全に執り行えるようになるまで時間がかかったがな」


 イグネス局長は強い口調で履き捨てていた。声が若干荒めで冷静さを失っている。


「生贄儀式は廃止されたが、信じられない話、赤子が剣に選ばれるなんて異例だった。お偉い方、白葉たちは苦い顔をしていたよ。代行の花嫁を用意し、赤き剣はそれを知ってか花婿を選び直して婚礼儀式は行われた。しかし、儀式の途中で花婿が発狂しはじめ、花嫁に危害を加えようと赤き剣で切りかかったんだ」

「花婿が発狂!?」


 冬華の背筋に冷たい汗が流れる。


「……花婿が切りかかる前に、花嫁は隠し持っていたナイフで自害したよ。二人は愛しあっていたと私は思っていたし、あんなことになるなんて誰も予測出来なかっただろう」


 花嫁の自害。

 予想外の事実に冬華は息を呑んだ。


「花婿は、生きているんですよね。今はどうしているんですか?」

「行方をくらましたよ。剣は心がもっとも通い合える二人を選び見極めるなんて誰が言ったんだろうな」


 本当にその通りだと、冬華は首を縦に何度も振る。

 好きあっていたとしてもいつ何が起きるか分からない、とよく人は言うが冬華自身、人を深く愛したことがないのでどうこう言えた立場ではなかった。


(本当に好きならずっと一緒にいたい、と思う。恋とか愛を知らない子どもが何言っても説得力ないけど、好きな人においていかれるのは、悲しいよ)


 花嫁がどんな気持ちで自害したのか冬華には分からない。

 それほどまでに、死ぬ理由が彼女にはあったのだろうか。今となっては知る術もない。

 冬華がスカートの裾を握り俯いていると、イグネス局長の声が耳に入ってくる。


「君の両親の話に戻るが、ジブリールたちは婚礼儀式の話を耳にすると悲愴に満ちた顔で項垂れていたよ。数ヵ月後に君は生まれて、一週間後、母親が息を引き取った」

「お母さんが、亡くなった……?」


 冬華の頭は反射的に上がった。

 目を丸くさせ、両手で口元を押さえる。


「元々体が弱く、出産も難しかったようでな。だが、ジブリールに悲しんでいる余裕はなかった。魔族が冬華君と青き剣を狙ってきたんだ」


 耳を疑うような出来事の連続に冬華は胸を強く締めつけられる。

 言いようのない恐怖で体を硬直し、唇は震えていた。

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