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God of Labyrinth  作者: 無月
二章 白紙のページ
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二章 白紙のページ2話

 日記を記した翌日のこと、イグネス局長が二人の供を連れ館に訪れていた。


 優しくて淡い、青色の空広がる早朝。

 少しだけ肌寒さが残るが湿度が少なく、木や植物についた朝露が日に当たり輝いている。

 晴天に恵まれたこの日に、イグネス局長は濃い灰色の軍帽をかぶり同じ色の襟付きロングコートを羽織り玄関に立っていた。後にいる二人も同じ格好をしている。軍帽を深々とかぶっており顔や表情は伺えない。

 イグネス局長は頭を下げて館の中に入って行き、ニクロムが彼らを客間に案内するところを冬華は階段上の廊下から眺めていた。 


(連絡を受けてイグネス局長が来ることは知ってたけど。やばい、緊張してきた)


 洗い立ての自分の制服裾を握り締めていると、後から急に勢いよく押される感覚が冬華を襲った。頭がもげるかといわんばかりに上下に傾きバランスを崩す。


「ふぎゅっ!?」


 前のめりになりおもわず変な声が出てしまう。

 廊下に沿った柵に掴まりながら背後で笑っている人物を冬華は睨みつけた。

 整った顔には狐みたいに細い両目、上質な糸に織り込まれたような金色の短い髪をなびかせながら、体をくの字に曲げて彼は口元に手を置き笑いを堪えている。

  

「は、ハリスさん! 何するんですか!」

「はは、いや怖い顔してたから。背中を押してあげれば元気になるかなって」

「もう、いきなりするとかやめて下さい。心臓とまるかと思った」

「じゃあ、今度から断りをいれてから実行しますね」


 ハリスが手をひらひら振り階段を軽やかに下りて行く。

 冬華はそんな彼を一瞥し背中を擦る。ハリスの心境の変化についていけないと、じと目で溜め息をつく。

 最初はきつい態度のハリスだったが、人が変わったように普通に接してきていた。

 冬華が勉強している間もニクロムと入れ替わりで側についてもらい、色々指導を受けていたまではよかったが。


『ねぇ、冬華さんの趣味はなんですか?』

『ねぇ、好きな食べ物は? 甘いのとかやっぱり食べるんですか?』

『ねぇ、この後俺と一緒に出かけません?』


 ねぇ、ねぇの質問攻め。

 勉強に集中出来ず相手の言葉を受け流すので精一杯。彼はいつもあんな調子なのだろうかと冬華はうんざり顔だった。


(不思議な人だな。目が細いから表情も分かりにくいし、何なんだろ。気分屋?)


 冬華がぼんやりしていると、階段下では客間から行ったり来たりしているニクロムがハリスに声をかけていた。


「あ、ハリス! 冬華さんと一緒じゃないんですか?」

「んー? 彼女なら上で覗き込んでましたよ」

「上?」


 ニクロムがキョロキョロ辺りを見回し、不意に見上げた瞬間に冬華と視線が絡む。

 彼は手招きして冬華に呼びかけていた。


「冬華さーん、客間に皆さん集まってますよ」

「うん、今行くよ!」


 冬華は慌てて階段を駆け下りる。

 年季の入った階段の軋む音が鳴るたびに現実へと一歩一歩進んで行く。

 一階に辿りついて、冬華は眉をつり上げ客間の扉を前に立ち、深呼吸で気持ちを落ち着かせた。


「さ、行きましょう冬華さん。前に進む第一歩ですよ」


 ニクロムが両手で拳をつくり意気込んでいると、ハリスは含み笑いをして腕を組んでいた。


「前見るのもいいですけど、たまに後を見ないと足元すくわれますよ」

「ちょっと、空気を呼んで下さいよハリス。今言うことじゃないでしょ!」

「本当のこと言ってるんです。一人で突っ走って転ばれても困るんですよ」

「ぐぬっ」

 

 ハリスに言い負かされてニクロムは情けない顔で落ち込んでいる。

 彼らの言いあいに目を瞬かせ冬華は微笑んだ。

 励まし方はそれぞれ違うが気持ちだけは伝わってきていた。


「二人とも、ありがとう」


 冬華は静かに礼を言う。

 ニクロムは小さく頷きニコリと人が良さそうに微笑み、ハリスは背中を向けている。

 彼らは何も言わずに冬華の背後に立ち控えていた。

 この後に続く言葉はなかったが、冬華の心は固くなり迷いは消える。そして、ドアノブを掴み扉を開いた。


 冬華はあまりの眩しさに目を細める。

 全快にしたカーテンから太陽の日差しが部屋全体を明るく照らし込み、天井で揺れるシャンデリアは宝石のように煌いていた。

 掃除に抜かりない室内にはイグネス局長が目蓋を閉じ、足を組んで椅子に腰かけている。

 ロングコートと軍帽は外しており、出入り口扉付近の木製ハンガーラックにかかっていた。彼の背後にいる管理局員はそのままの格好で微動だにせず立ったままだ。中央にある広い長机には白磁のソーサーに置かれたティーカップがあるが、お茶は既に飲み干しており空になっている。

 しばらくすると彼は閉じられていた目蓋がゆっくり開けられ、黄緑色の双錘が現れた。視線を冬華に向けると椅子から立ち上がり一礼をしていた。


「おはよう冬華君、久しぶりだね。定期連絡で状況は把握していたが、体の方はもういいのかね?」

「はい、おはようございます。体の方はもう大丈夫です」

 

 冬華も一礼しお互い向かい合いながら同時に椅子にかける。

 各々が背に控えている彼らも腕を後に組んで並び立ち動こうとしない。

 張り詰めた空気の中で冬華は口を開く。


「先日は、すみませんでした。忙しい中、時間を割いて頂いたのに……」

「いや、あの状況では仕方がない。気にすることはないよ。むしろ、婚礼の儀式について説明不足で冬華君に混乱させてしまった私にも非がある。本当にすまなかった」


 イグネス局長は机に頭をつける勢い両手をつき謝っている。


「あ、頭を上げて下さい、イグネス局長」


 冬華は真っ直ぐイグネス局長をとらえた。

 この先に何があるのか等と臆する心は片隅に捨て置き、 真摯な姿勢で話しはじめる。


「私がゴッドラビリンスに召喚されたことに意味があるんだって、今は思います。だから、教えてください。両親のことや婚礼儀式のこと全部」

  

 冬華の瞳には一点の曇りもなかった。

 イグネス局長は頭を上げる。

 彼は目を見開き驚きの表情をしていたが、ゆっくり眉を持ち上げて神妙な面持ちになる。


「あの時、君は不安な心を抱えてはいたが今は瞳に迷いがないな。全てを話そう、長くなるがいいかね?」

「はい、お願いします」


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