一章 青き剣の花嫁12話
冬華は気を失っていた。
何時からと聞かれれば、ミカエルが二階の階段から飛び降りたところからだ。
飛んだ瞬間、目に見えるもの全てが遅く感じ、急降下時の浮遊感に耐えられなくなりそのまま視界が暗くなって何も見えなくなっていた。
だが、冬華の意識は途絶えることなく停滞している。薄い目蓋を開けると、そこには薄紫色に塗り潰された図書館が瞳に映りこむ。
「嘘でしょ? どうしてまたここにいるのよ」
冬華は床に投げ出された形でうつ伏せになっている。
重たい体を腕で支えながら起き上がろうとするが手足の自由がきかない。荒い呼吸を吐き出し、胸を押さえた。現実味を帯びた夢は冬華を苦しめる。
「うう、夢のくせに体がだるいのは変わらないなんて」
目を細め、正面に視線を移すと巨大な天球儀があった。
天球儀も薄紫色に淡く光っているが、図書館の本と同じく色がちゃんとついていた。白い木製の土台に、何重にも張り巡らせた円の中心には球体の代わりに人が浮いている。
そこにいたのは十代後半くらいの華奢な少女。
肩が大胆に出た青紫色のシフォンのワンピースドレスをゆったり翻し、太ももまで長く伸びた銀色に輝く美しい髪をなびかせ、俯きながら泣いている。
まるで天球儀が少女を閉じ込める檻のように見え、冬華は彼女のことが気にかかり上を見上げて話しかけた。
「ねえ、どうして泣いてるの?」
しかし少女は泣き続けており、何かを呟いている。
「え、何を言って……」
少女は顔を上げて、大きなつぶらな瞳を冬華に向けていた。灰色の双錘を瞬かせ大粒の涙を流し口を動かしている。
『私は、貴女に生きていてほしいの……』
彼女は声を発していなかった。
頭に直接流れてきた声はとても切なそうで、儚げだ。
そして、彼女を中心に五冊の本が表れる。黒、青、水色、黄色、赤それぞれの色に分かれた本が宙を浮き淡く光り出す。
冬華はその光に釘付けになった。体は引き寄せられ自然と前に進み本に手を伸ばす。
「冬華!!」
激しく響く呼び声が冬華の耳に入り込んだ。
誰かの声に似ていると考えながらぼんやりしている内に、冬華の腰には無数の光る腕が絡みついてくる。
「何なの、これ」
後方にある本棚から腕が伸び、冬華の体を掴み強い力で引っ張っぱていく。
目まぐるしく動く腕は出てきた本棚に吸い寄せられ戻っていた。このままではぶつかると、冬華は身構え目を思いっきり瞑る。
(もう、駄目だ!)
本棚に激突する寸前、冬華の意識は遠くなり白く溶け込んでいった。




