一章 青き剣の花嫁11話
「はい、シュイン特性ハーブティーですよ。あと、服も濡れているみたいですからこちらに着替えてくださいね」
ホープ退出後、冬華はベッドに座りシュインから特性ハーブティーと着替えを手渡されていた。
冬華はマグカップの中身を慎重に覗く。
薄黄色の液体からは毒々しさは感じさせない。だが、匂いはどうだろうか。医務室の悪臭のせいでハーブティーの匂いが分からない。
「あ、ありがとうございます。い、いただきます」
どもりながらお礼を言い、シュイン特性ハーブティーを恐る恐る飲み込む。
「……あ、美味しい」
想像を覆す言葉が口をついて出た。
素朴で優しい、甘い柑橘系の味が口の中に広がる。もっとくせがあると思っていたがとても味わいが深かった。
冬華はハーブティーをいっきに飲みほし人心地つく。
「ふふ、このお茶は心を調整してくれるハーブが入っているんですよ。本当は香りも楽しんで頂きたかったんですけど、この部屋の臭いじゃ無理があるよね」
シュインは申し訳なさそうに両手で軽く仰ぎ、臭いを拡散させていた。
「新薬の研究をしてたんですけど、熱中しすぎて周りが見えてませんでした。あ、僕は隣に控えてますから何かあれば呼んで下さい」
冬華は頷くとシュインはにこりとしながらカーテンを閉めてくれた。
持ち場に戻った彼の動く音が室内に響く。行ったり来たりの往復だたったり、窓が開閉される音が耳にちらつく。
冬華は目蓋を閉じて泣きはらした目を休ませた。
少しは赤みも引いたとはいえ、若干の違和感が残っている。ちらりとベッド側の台の上に目を移す。そこにはトレイの上に熱湯でしぼったタオルが置いてあった。
(ちょっと熱そうだけどこれを顔の上にのせてっと……)
冬華がタオルに手を伸ばそうとした瞬間、騒々しい音とともに扉が開かれ反響する。伸ばした手は宙をさ迷い、持っていた空のマグカップがポロリとベットの上に落ちた。
「シュインー!! 腹痛治る薬が切れたから来てやったぞー」
「ミカエル。他に人がいるんですからもう少し静かにして下さい」
「えー、いいじゃんちょっとくらい。ケチだな」
「そうですか。うるさくするんでしたら苦い薬を君の口に詰め込みますけど、それでいいですね?」
「ごめんなさい」
賑やかな声に冷静に対処するシュインの声が聞こえてくる。会話を聞いている限り、管理局員が薬を求めて医務室に立ち寄ったようだ。
冬華は一息つき、気を取り直し再びタオルに手を伸ばそうとする。
「ん、あれ? この感じどこかで……」
「どうしましたミカエル?そっちは眠っている人以外何もありませんよ。てっ、人の話を!」
シュインの止める声も聞かず、大股でこちらに向かってくる足音が近づいてくる。冬華は身を堅くして横に置いてある着替え、大きいシャツを盾に体を隠した。
そうこうしている内にカーテンが盛大に開かれる。
目の前に現れたのは燃えるような赤い髪に、太陽に照らされた海のように鮮やかな青い瞳をした青年だった。格好は管理局員の軍服をロングベストに改造しており、膝下より長い裾を翻している。ツンツンにセットされた髪と三白眼、細身だが服越しからでも分かる鍛えられた筋肉が目を引く人物だ。
「もしかして、君が新しい剣に選ばれた子かい?」
「え?」
明るい調子で話しかけてくる彼は一体何を言っているんだ。
冬華は口を半開きにしながら唖然としていると、赤髪の彼、ミカエルと呼ばれる人物は片手を前に出して何度も頷いている。
「いや、言わなくても分かるよ。うんうん、それじゃ、行こうか!」
その言葉とともに冬華の体はふわりと浮き上がった。
数秒間、何が起きているか分からなかったが、ミカエルの逞しい腕が冬華の体を抱きかかえている。
(ちょ、何なのこの人!?)
体に力が入らず抵抗出来ないでいると、シュインが真っ青な顔で駆け寄ってきた。
「ミカエル?! ちょっと君、何してるんだい!! 彼女は今……」
「大丈夫。俺がきちんとニクロムと兄さんの所まで運んでいくから安心していいよ!」
「あ、安心?」
シュインがミカエルを取り押さえようとするが、軽快なステップでかわされている。抱きかかえられている冬華は余計目を回し胸を押さえていた。
「シュインは知らないのか? 連絡があったんだよニクロムから。彼女を探してほしいってさ」
「いや、ですから。彼女は今は安せ……」
「よし、じゃあ行きますか。えーと、君の名前はなんだったっけか?」
シュインの話は聞く耳持たずで、ミカエルは冬華に話しかけていた。
「ふ、冬華ですけど」
「冬華ね。俺はミカエル。顔を会わせる機会が多くなると思うけど、まあよろしく頼む。走るからしっかり掴まってなよ」
ゴッドラビリンスに来て抱きかかえられて走るのは二回目だ。などと考えながら、冬華は白目を剥き現実逃避をはじめた。




