第九十七話 親バカ――じゃなかった、バカ親
アルベルトの言葉にため息を持って応えたのはアベル、ではない。いやまあ、アベルも大きいため息を吐いてはいたのだが、実際に口を開いたのはその隣にいるブルーノだ。
「……それは流石に無理がある、アルベルト」
「ほぅ。お前はルドルフ殿下『推し』かと思ったが?」
「個人的にはどちらが国王になっても問題ないと思っている。どちらも優秀だし、臣下の心を察する能力もある。ウチの倅とも、ダニエルの所の息子とも仲が良い。次期宰相と次期近衛騎士団長だ。問題は無かろう」
「では、良いではないか。ルディ殿下を王太子にして進めれば」
何でもない様にそう言って見せるアルベルトに、もう一度ブルーノは大きくため息を吐く。
「……簡単に言うな、アルベルト。というか、お前も知らんとは言わさんぞ? この王城に何があると思う?」
「なんでもあるのではないか? この王城はこの国で一番、モノがあふれているしな?」
肩を竦めて見せるアルベルトに、ブルーノは指の腹で目の上を揉んで。
「――空気だ」
「……」
「……既にこの国はエディ殿下を次期国王として戴くように……『出来ている』。今更、その事実を引っ繰り返して、ルディ殿下の即位などを認めて見ろ? 宮廷貴族が荒れるぞ?」
何度も言うようだが、ラージナル王国貴族は『諸侯』と『宮廷貴族』に分かれる。先程のアルベルトの――メルウェーズ公爵家が言っている事は諸侯の『理屈』であり。
「……それは宮廷貴族の理屈だろう?」
こちらは宮廷貴族の『理屈』だ。そして、その理屈であれば諸侯であるメルウェーズ公爵にとっては問題ない。
「……本気で言っているか、アルベルト?」
「……まさか。言ってみただけだ」
問題ない、訳がない。一山幾らの諸侯貴族なら王城内の『政治』に無関心でも居られるが、諸侯代表、押しも押されぬ大貴族のメルウェーズ家にとっては、対岸の火事と高みの見物を決めれる道理はないのだ。
「……中々、解決案が無い、か」
アルベルトの悲痛な言葉に、アベルとブルーノがため息を吐きつつ首を左右に振る。この部屋、さっきからため息しか出ていない。きっと、幸せは裸足で逃げ出しているだろう。
「……まあ、エディには暫く謹慎をさせる様にしようと思う。クラウディア嬢にも悪い事をしてしまったし、何かで償わせて貰いたいのだが……」
「……ディアに関してはフォローは要らん」
「いや、アルベルト? フォローは要らんって……」
「正確には返せるだけの対価が今のラージナル王国にあるのか、という意味だがな。あの子は将来の王妃、国母として育った。その教養は何処に出しても問題ないだろう。だが、エディ殿下に嫁がされるわけには行かん。そうなると、『国王』としてルディ殿下が立つ以外に道はない」
それができねーんだろう、ああん? と言わんばかりの凄みのある視線に、アベルが小さく肩を竦めて見せる。
「……すべてを放り投げればまあ、可能性はゼロじゃない。だが、それをするには流石に対価が大きすぎる」
「まあ、ブルーノの理屈も分かるがな」
詰まらなそうに鼻をふんっと鳴らすアルベルト。そんなアルベルトに、アベルは懇願するような視線を向ける。
「……なあ、アルベルト?」
「なんだ?」
「その……もう一度、なんとかならないか?」
「なんとか?」
「……エディにはよく言って聞かせる。クラウディア嬢が傷付いているのであれば物心両面のケアもさせて貰う。だから……」
もう一度、エディとクラウディア嬢の婚約を、と。
「……認めて貰えないだろうか?」
「……」
「……アルベルト」
「……まあ、国家の安寧の為にはその方法が一番かも知れんな。今更エディ殿下を廃嫡するなどした場合、ブルーノの言った通り宮廷は荒れるだろうしな。そうなれば流石に我が家とて無傷とは言えんし……スモロアの動向も気にならんではない」
「じゃあ!」
少しだけ希望を出したアベルを手で制し。
「――だがまあ、それは公爵としての理論だ。良いか、アベル? わ、私は、で、ディアの親なんだぞ? あの子、泣いてたんだぞ? 私の前で、気丈に振舞いながら……な、な、泣いていたんだぞ!?」
『まずっ!』とアベルが思い、視界の端で『このバカ!!』とブルーノが罵る。そんな二人を置いて、アルベルト火山が噴火する。
「ゆ、許せると思うかっ!? 良いか、アベル!! お前ん所のバカ息子は、私の大事な大事な、可愛い可愛いディアを泣かせたんだぞ!? 幼いころから『おとーたま、おとーたま』と言ってくれ、『おおきくなったら、おとーたまとけっこんするぅ!』と言ってくれていたあの、ディアを、だ!! 分かるか!? 国家の安寧の為にと、泣く泣くディアの王家への輿入れを認めた私の気持ちが!! お前に分かるのか、このポンコツ国王が!!」
「わ、悪いアルベルト!! 失言だった!! そ、そうだよな!! ウチのバカ息子のせいでな!!」
「そうだ!! そもそも、本来であればあの青二才の首に縄でも付けてディアの前で土下座で謝らせた後、生まれた事を後悔するくらいの、この世全ての苦痛を味あわせてやりたい所を我慢しているんだぞ!? それをお前、言うに事欠いて『もう一度、婚約者にしてくれませんか~』だ、だと!?」
「お、落ち着けアルベルト!! アベルに悪気があったわけじゃない!! あったわけじゃないんだ!! だから!!」
詰め寄ってアベルの胸倉を掴み上げんとせんばかりのアルベルトを、ブルーノが必死で羽交い絞めにして止める。そんな体制のまま、アルベルトは血走った目で。
「二度とそんな言葉を口走るな!! ディアをエディ殿下なんぞには絶対に嫁がせんからなっ!!」
アルベルト・メルウェーズ。ラージナル王国きっての大貴族にして、諸侯貴族の親玉は。
「良いか!! これ以上、ウチの可愛い娘に酷い事したら、承知しないからなっ!! っていうか、もう止めだ、止めだ!! なんでウチの子ばっかり辛い思いしなくちゃいけないんだ!! 婚約は破棄!! 王家? 諸侯? はん! 知った事か!! ばーか、ばーか! アベルのばーか! 子育ても出来ない、バカ国王!!」
とんでもない、親バカ――違った、バカ親だった。ちなみに、五歳からルディに心酔しているディアは、一度も『おおきくなったら、おとーたまとけっこんするぅ!』とは口にしていなかったりする。記憶って、改竄されるものなのだ。




