第九十五話 宮廷貴族と諸侯
ラージナル貴族は大きく分けると二つ、所謂宮廷貴族と諸侯に分ける事が出来る。文官、武官という括りでも良いが、そういう意味では元ラージナル王家の財務官を出自とするバーデン家はゴリゴリ文官、そしてラージナル家が公国、王国になるにしたがって、そのまま領地を貰って諸侯化した貴族になる。言ってみればお城でソロバン弾いていた家臣が、土着して戦国大名になりました、みたいな感じだ。
そんなバーデン家だが、財務官として各地の諸侯に睨みを――まあ、独立独歩の気風のあるラージナル王国に置いて、財務官の『睨み』など然程気にするものではないのだが、それでも『舐められたら負け』みたいな家風があったりする。そんなところが、ヤの付く自由業とか言われたりする由縁であるが、それはさておき。
「――ねえ、エルマー様? エルマー様はユリアを捨てないよね? 捨てないよね? 捨てないよね……?」
「お、落ち着け、ユリア嬢!? す、捨てるとか捨てないではなく! そ、そもそも、私達には少し早いという話で……ば、バーデン子爵だってなんというか……」
「それじゃ、直ぐにパパに報告しにいこ? エルマー様にほっぺにちゅってしちゃったって言えばパパ、きっとエルマー様との結婚も認めてくれるし」
「そ、それは!」
「……それともエルマー様? ユリアの唇奪っておいて……責任、取ってくれないつもりなの? そんな訳ないよね? エルマー様、『筋』は通す人だもんねぇ?」
ハイライトの消えた目のままでにっこり微笑むユリア。そんなユリアの視線に、ぶるりとクレアが体を震わしてルディに視線を向ける。
「ゆ、ユリア先輩って、やん――――愛が重いですね?」
「言い直したのにあんまり意味が変わらない件。まあ、ユリア先輩はね~。むかっしからエルマー先輩の事、大好きだったから」
「……あんまり免罪符になっていない気がするんですが。というか……なんでしょう? ユリア先輩、言っている事結構無茶苦茶な様な気がするんですが……なんかいい雰囲気であれでしたけど、冷静に考えてみればエルマー先輩、ユリア先輩の事好きともなんとも言ってない気が……」
「まあ、バーデン家だし」
「……なんか関係あるんですか、それ?」
「バーデン家は元々、王家の財務官だった家だしね。財務官である以上、徴税とかそういう役割もあったりしててさ? でも皆、税金なんて納めたくないだろうし、上手く誤魔化そうとするんだよ。そんなところから取り立てとかする訳だから、『そういう』技量がどんどん上がっていって」
一息。
「ああいう、『難癖』みたいな事させたら、とんでもなくエゲつない」
「……言葉も無いんですが」
小さな瑕疵を見つけて殊更に大きく取り上げ、税金を取り立てる。大なり小なり脛に傷持つ貴族連中、しかも海千山千の古強者どもから取り立てる訳だから、その辺のスキルはとんでもなく高くなっていたりする。
「……流石、バーデン家の娘」
勝手にキスして、勝手に告白して、勝手に盛り上がって、そしていつの間にか結婚話である。やってることは殆ど当たり屋だ。まあ、感情の高ぶりからの事ではあるが、それでも最初にどでかい爆弾を落として外堀を埋めていくあたり、ユリアもしっかりバーデン家の血を受け継いでいたりする。
「……大丈夫なんですか、エルマー先輩?」
「……うーん……まあ、大丈夫じゃないかな~? お互い婚約者はいないし、アインヒガーとバーデンは領地も隣同士で仲も悪くはない。諸侯出身のアインヒガー伯爵家にとっては、宮廷貴族の出身であるバーデン家との縁はそんなに悪いものじゃないだろうし」
エルマーに婚約者はおらず、ユリアにもまたいない。これがエディとディアの様な関係性を持った別の相手がいたならばそれこそ大問題ではあるが、そうではない以上、そこまで問題はない。
そして、諸侯出身のアインヒガー伯爵家にとって、バーデン家との縁自体は悪いものではないのだ。言ってみれば、外様大名が親藩大名と縁戚を結び、体制側の人間として認識して貰う様なものである。流石にバーデン家といえど、身内には多少甘いし。
「王家としても有難い縁組って言っても良いしね?」
全ての諸侯が『敵』という訳ではない。無いがしかし、心のどっかで『謀反』を恐れるのは為政者の常である。そういう意味では技術院を握り、また次代も天才の誉れ高いエルマーを有するアインヒガー家は『味方』にしておきたいものではある。まあ、エルマーに関してはルディとの個人的な付き合いもあるし、そこまで心配はいらないのかも知れないが、捨て値で拾えるなら拾っておこう、くらいの感覚はある。
「……最近、その手の話が多すぎて一瞬『なるほど』とか思いましたけど……本人の意思は何処へ?」
「そんなもんでしょ? 貴族の結婚なんて」
「……夢も希望もない事を」
下級貴族であるレークス家にはいまいち理解できない感情ではある。あるがまあ、ある程度は理解して。
「……でも、エルマー先輩、泣きそうな顔でルディ様の方を見てますよ?」
「……まあ、エルマー先輩も悪い所はあるしね。いい薬じゃないかな?」
人の好意から目を背けて研究ばっかりしていた研究バカにはいい薬だと思い、ルディは助けを求めるエルマーからそっと視線を逸らした。




