第九十三話 流石にこの展開は酷すぎない?
「……まじかぁ~」
ユリアの突然の告白アンドほっぺにちゅ! を受け、ルディが最初に漏らした感想はそんな、ある意味普通の感想だった。いや、ルディだってユリアの気持ちは知っていた。知っていたから、ユリアの気持ちは分からんでは無いのだ。分からんでは無いのだが。
「……大丈夫ですか、エルマー先輩?」
顔を真っ赤にしたまま、ほっぺに手を当てるエルマーにルディがそっと声を掛ける。メデューサに見つめられたかの如く固まっていたエルマーは、その声に『はっ!』と意識を取り戻し。
「ゆゆゆゆゆユリア嬢!? い、今、な、なにを!?」
「えへへ~。しちゃったぁ~」
こちらもほっぺに手を当てて『やんやん』と体を左右にくねくねと振って見せるユリアにそう声を掛けた。まあ、掛けられたユリアは聞いちゃいなかったのだが。
「ゆ、ユリア嬢!」
「ん~? ほっぺに『ちゅー』くらいは許してよ、エルマー様? それとも……そんなにイヤだったかな……?」
先ほどまでの幸せそうな顔から一転、悲しそうな顔を浮かべるユリアに『っい!?』と声にならない声を上げ、エルマーは視線を上下左右に忙しなく向ける。やがて、少しだけ諦めた様に――そして、少しだけの嬉しさも交えた表情の苦笑を浮かべて見せた。
「……いや、嫌では無かったさ。びっくりはしたが……こう、なんだ? あ、愛されているなと……」
「うん! それだけは信じて!! その……正直、私もちょっとはしたないかな~とは思ったけど……」
エルマー様が、いっぱい嬉しい事言ってくるから、と。
「……私のせいか?」
「うん! エルマー様のせい! エルマー様がいっぱい、いっぱい、私を幸せにしたのが悪いんだ~」
「……我儘だな、ユリア嬢は」
「えへへ! 知ってるっしょ? 私、エルマー様には我儘だもん!」
「……そうだな。そう言えば昔から私は、君に振り回されていたな」
「うん! でも、それもエルマー様が悪いんだよ? どれだけ私が我儘言っても、エルマー様はいっつも優しいんだもん! だから、私が我儘になっちゃったのは、優しい王子様のせいだよ?」
純粋な好意の籠った瞳を向けるユリア。そんなユリアに、ルディはポツリと。
「……僕の知ってるエルマー先輩じゃない」
誰だ、その王子様は。天上天下唯我独尊、自分勝手の極致みたいなエルマーが、誰かに気を使っている姿なんぞ、ルディはついぞ見た事がない。
「……恋って怖い。盲目ってもっと怖い」
恋は盲目である。きっと、ユリアから見たエルマーはキラキラした優しい王子様に見えたのだろう。脳が腐るのだ、ルディ的には。
「……ルディ様」
なんとなく、ピンクな空気を醸し出した二人に胸焼けしそうな感じを覚えるルディに掛かる声。当然、クレアだ。
「……なに、クレア?」
声の方に視線を向け、ルディの視界は捉える。
「……私、何を見せつけられてるんですかね?」
完全にチベットスナギツネの顔のユリアを。
「……勘違いしないで欲しいんですが」
「……うん」
「さっき、私とエルマー先輩、ちょっといい雰囲気でしたよね? それこそルディ様が『事案』っていう程に……こう、ちょっとイイ感じでしたよね?」
「…………うん」
「それで……今は二人でイチャイチャしている、と。私を置いて」
「……………うん」
「……別に、エルマー先輩の事が好き! とか言うつもりは無いんですよ? 無いんですけど……」
一息。
「――なんかちょっと、釈然としないんですが!!」
……まあ、考えても見て欲しい。さっきまで可憐だなんだとクレアの事をしこたま褒めていたくせに、その舌の根も乾かない内に別の女とイチャコラしている姿を見せつけられているのだ。
「え? これ、私、完全にピエロじゃないですか? 『だし』に使われている感すらあるんですが!! え? 私、またなんかやっちゃいました? 前世での悪行ですか? それとも、来世の悪行の前払いですかねぇ!!」
別にエルマーの事なんて好きでもなんでもないが、クレアだって乙女である。エルマーのこの態度はあんまり――というか、がっつり気に喰わない。
「……まあ、犬に噛まれたとでも思って」
「納得いかないんですが!!」
ぷくーっとほっぺを膨らますクレアに、ルディは曖昧な苦笑を浮かべて見せる。まあ、クレアの気持ちも分からんでもない。分からんでも無いのだが。
「それよりエルマー先輩、本当に大丈夫なんですか?」
「ルディ。ああ、もう大丈夫だ。なに、少しばかり動揺したが、それでも今はある程度冷静さを取り戻してはいるからな。その……ま、まさかユリア嬢が俺の事を、とは思わなかったが」
「私、いっぱいアピールしてたのに! エルマー様のにぶちん!! べー、だ!」
「……許してくれ、ユリア嬢」
「むぅ……まあ、エルマー様だし仕方ないか! じゃあ、お詫びに今度、一緒に街にお買い物、いこ? 美味しいカフェがあるんだぁ~」
「……そうだな。それでは――」
「マテ。アンタら、人の話も聞かずになに勝手にデートの予定を立ててるんですか」
「――む、ルディ? 人の話を聞かずにとはどういう意味だ? 私は大丈夫だと――」
「ああ、そうじゃなくて」
きょとんとするエルマー。そんなエルマーに、ルディは小さくため息をついて。
「エルマー先輩だって知ってるでしょ? ユリア先輩の実家、『あの』バーデン子爵家だよ? 一族郎党、上から下まで全員、ユリア先輩大好きなバーデン子爵家だよ? そんなユリア先輩の唇を――まあ、奪った訳じゃないんだろうけど、ユリア先輩にほっぺにちゅってされたんだよ? エルマー先輩……」
ルディの言葉に、徐々に顔色を青くするエルマー。そんなエルマーに、止めを刺すように。
「……エルマー先輩、刺されるんじゃない? 月の無い夜道は気を付けた方が良いよ?」




