第九十話 慈愛の女神様
「……え?」
ユリアの突然のその『宣言』に、ルディも驚きの表情を隠せない。そんなルディをちらりと見た後、ユリアはエルマーに視線を送る。
「どうかな、エルマー様? クレアっち、技術開発部に入れてあげてくれる?」
問われたエルマー、ぽかんとバカみたいな表情を浮かべて見せる。が、それも数瞬、エルマーは泡を食ったように喋り出した。
「あ、ああ! それは良い。元々、私の方からクレア嬢を誘っていた訳だしな! それは良い、のだが……」
言外に『なぜ?』と言わんばかり、まるで伺う様なエルマーの視線。そんな視線に、ユリアは小さくため息を吐く。
「……折角学園に入ったのに『ぼっち』は辛いっしょ? どっかに居場所があれば、クレアっちもちょっちは楽になるかな~って。ウチのトコロでも良いけど……ウチのサークルはちょっち暮らしにくいかも知れないからね、クレアっち」
肩を竦めて見せるユリア。そんなユリアの仕草に、ルディはコソコソと耳打ちする。
「……その、良いんですか、ユリア先輩?」
「なにが?」
「なにがって……だってユリア先輩、反対してたじゃないですか。クレアを技術開発部に入れるの。その……盗られる、って」
ルディの言葉に苦笑を浮かべるユリア。
「あー……まあ、その考えは今でもちょっちあるっしょ。だってあのエドワード殿下が一目惚れしたくらいの美少女だし……実際、美少女だしね、クレアっち。ちょっと見た事のないレベルの美少女じゃん?」
わく王の――というより、イラストレーターの功績である。いや、『主人公のビジュはどうでも良いんだ。右向きのスチルをなんとかしろ!』とネットで評判だったところに鑑みるに、どちらかと言えば罪の類ではあるが。
「……でも、それって私の事情だし? 私の事情でクレアっちをぼっちにするのもちょーっとどうかな? って思ちゃったし。だったら……まあ、クレアっちに楽しんで学園生活送って貰うためにも、居場所は必要かな~って」
そう言って慈愛の目を持ってクレアを見るユリア。そんなユリアに、ルディは唸る。
「……流石、ユリア先輩。『慈愛の女神』様だ」
「……そのあだ名、マジで勘弁だし。恥ずかしいの極致ってかんじぃ」
彼女もまた、ルディ・チルドレンの一人。幼いころからルディと共に――まあ、ディアやエディ、それにエルマー程では無いも、少なくない時間ルディと一緒に過ごした仲である。つまり、彼女もまたルディの薫陶を受けた一人であり、加えてディア程身分の高い訳ではない彼女は、ルディの『教え』を忠実に実行できる立場にあり。
「でもユリア先輩、実家の侍女とか執事に大人気なんでしょ?」
「大人気じゃないし。アレは『過保護』って言うの」
まあ、そうやってルディの教えを忠実に実行し続けた結果、彼女の実家であるバーデン子爵家において、彼女は『お嬢、お嬢』と可愛がられていたりする。『お嬢を苦しめる人間は許さん!』と言わんばかりの武闘派揃いの……まあ、ヤの付く道を極めし者達の集まりみたいな感じだ。
「……エルマー先輩、大丈夫なんですか?」
「……まあ、皆私の気持ちを汲んでくれてるし? 大丈夫っしょ」
バーデン家の中でのエルマーの評価は『お嬢が本当に愛した人なら文句は言わん。だが……お嬢泣かしたらどうなるか分かってるだろうな、青びょうたん』みたいな感じである。組長――じゃなかった、バーデン子爵自体は出来た人間なのでそんな物騒な事は言わないが、知っているだろうか? あの世界、冷静に見える人間が一番『怖い』のである。
ちなみにだが、彼女に『慈愛の女神』みたいなクッソ恥ずかしいあだ名が付いた理由は、コミュ力ゼロ、煽りスキルがデフォ装備、根暗、陰キャ、イケメンの無駄遣いと貴族社会で有名な五冠王であるエルマーを一途に慕い続けている所に所以したりする。そら、こんなエルマーと添い遂げようとするなんて、人間の出来た人格者、菩薩の様な女性じゃないと無理だ。
「ま、居場所がないってのは辛い事だし。私は自分自身で選んだから文句も言えないけど……クレアっち、完全に被害者じゃん? 誰か一人くらいは味方が居てあげないと、彼女、『潰れちゃう』よ? ルディ様、弟の不始末だし、きちんと面倒見るし!」
「……はーい」
ユリアにビシっと指を差されてそう言われ、ルディは両手を万歳の形に上げて見せる。そんなルディに『うんっ!』と頷き、ユリアは視線をエルマーに戻す。
「それで……クレアっちを技術開発部に入れてあげると同時に、もう一個お願いしたい事があるし、エルマー様」
「も、もう一個?」
「うん。だめぇ?」
「き、聞いてみないとダメかどうかも……そ、その、言えないし……」
うるうるとした瞳で上目遣い。クレア程では無いにしろ、整った顔立ちのユリアにそう言われて、エルマーもタジタジだ。そんなエルマーに、ユリアはもう一歩、距離を詰めて。
「――私も技術開発部、入れて欲しいし!!」
にっこり笑って、彼女はそう言った。




