第八十九話 人を噂話で判断するほど、ユリアは甘くない
「ちょ、あ、な、泣くのはやめるし! え、えっと……ルディ様!!」
「……なんですか?」
「ルディ様、なんとかして! ルディ様、この子の保護者でしょ!!」
「いや、ちがうんですが?」
大泣きでは無いも、ひっくひっくとしゃくり上げるクレアにため息を吐きつつ、ルディはクレアの肩に手を置く。
「ほら、クレア嬢? 泣き止んで? そうだね、嬉しかったね?」
「ひっぐ……ルディ様ぁ~。私、この学園に入ってあんな優しい言葉、初めてかけて貰いましたぁ……そうなんですよ……私、本当に被害者なんですよぉ……私、何にも悪い事してないんですよぉ……」
「……なんも言えねぇ」
確かに、クレアの言う通りである。彼女、何にも悪い事してないのだ。だって云うのに、皆してクレアの事を悪女、悪女と本当に酷い話だ。
「……私が何かしたわけじゃないのに……私、本当にただ優しくしただけなのに……善意からだったのに……」
「うん、うん、そうだね。クレアは何にも悪くな――」
「――なのに、皆が勝手に告白してきて! ちやほやして来て!! 私、そんな事望んでないのに!!」
「――……うん、悪くは無いけどそういう言い方は止めよう。なんかちょっとイラっとするから」
クレアに同情すべき点は多々あるし、勿論彼女に落ち度はないが、『私、特に何にもしてないけどモテて困ります』なんて言い方はクレアの今後の為にも良くない。彼女の場合、それがまるっと事実だという事も問題に拍車をかける。難儀な話ではあるが。
「……やっぱこの子、悪女なんじゃない? ルディ様じゃないけど、ちょっとイラっと来たし」
ルディに同感なのか、ユリアも若干のうさん臭さを込めた視線をクレアに向ける。そんな視線を向けられたクレアは大きくぶんぶんと首を振って見せる。
「な、なんでですか!! 私、別に嘘は一つも言ってませんよ!! ほ、本当に迷惑しているんですから!!」
「あー……まあ、確かにそうかも知れないけど……でもさ? 流石に――」
「――学園寮では腫れ物扱いですし!! 私が談話室に入った瞬間に、皆コソコソ逃げていくんですよ!? 廊下歩いたらヒソヒソ話されるし!! 大浴場に入って脱衣所に誰か入って来たな~って思ったら『あ……今、あの子入ってるっぽい』『え、そうなの? じゃあ……時間、ずらそっか?』とか言われるし!! 話掛けたら『ひぃ!? ご、ごめんなさい!? 目を付けないで!!』とか言われるし!!」
「――……ルディ様。エドワード殿下、説教しておいて。流石にこれは可哀想が過ぎるし」
「……はい」
ジト目をルディに向けるユリア。正直、ルディが悪い訳では無いし、なんならルディだって被害者の一人と言っても良いのだが……まあ、保護者責任である。保護者じゃない? いいえ、エディの幼少期に影響を多大に与えたので充分保護者です。そんなクレアに同情したのか、ユリアがクレアの側に歩みを進め、そのままクレアの頭を撫でる。
「……よしよし。よく頑張ったし」
「ううう……ゆりあせんぱーい……」
「うんうん、可哀想だね、アナタ。クレア様――はちょっと言い難いし、堅いよね……クレアっちで良い?」
「あ、あだ名……」
「あ、嫌だった?」
「ぜ、全然大丈夫です!! う、嬉しいです!! あ、そ、その、今更ながらなんですが、私ユリア様の事をユリア先輩なんて馴れ馴れしく呼んで……も、申し訳ございません!!」
「ん? あー、ぜんぜん余裕~。良いよ~? 私の事はユリアで構わないから。様付けもいらないし、呼び捨てでも良いし」
「そ、そんな! そ、それじゃ……ユリア先輩ってお呼びしても……」
「うん! 私、先輩だし!! 困った事があったら頼ってくれても良いし。何かあったら言っておいで。まあ……私もだいぶ腫れ物扱いだし? もしかしたら二重で面倒くさいだけかも知れないけど」
そう言って苦笑を浮かべて見せるユリアに、クレアは首よもげよと言わんばかりに左右にぶんぶんと振って見せる。
「そ、そんな事無いです!! ほ、本当に私、嬉しいです!! あ、有り難うございます、ユリア先輩!!」
「ん。あー……でも、どうするし? クレア、学生寮で居場所が無いのはちょっと可哀想だし」
そんなクレアに笑顔を浮かべた後、一転して思案顔になるユリア。そんなユリアに、クレアは少しだけ苦笑を浮かべて見せる。
「あー……さっきはああ言いましたけど、もうなんか『慣れ』っていうか……こう、ある意味では気を使わなくても良いかな~ってちょっと思っていたりしますし、そんなに――」
「嘘つく無し。いや、完全に嘘ってワケじゃないんだろうけど……友達いないの、辛くないの?」
「――それは……まあ、はい」
クレアとて、今の状況を受け入れてはいるものの、決して今の状況が嬉しい訳ではない。元々、『友達百人出来るかな?』くらいの気持ちで学園に入学したのだ。母親の様な学園寮での友達の語らいだって、憧れる気持ちはある。
「……んー……まあ、そうなったら仕方ないか~。あー……ちょっちアレだけど……うん、そうだね」
一人で中空を見つめてブツブツ言った後、ユリアは素敵な笑顔をエルマーに向けて。
「――エルマー様? クレアっち、技術開発部に入れてあげて貰えない?」




