第八十四話 状況証拠でギルティ
まさに、これからキスの一つでもぶっ放す、と言わんばかりの距離感の二人に、ルディの頬もひくっと引き攣る。『部室でサカるの、止めて貰って良いですか』なんて煽ってみたものの、流石にこの状態は若干引く。なんとも言えないこの状況に、ルディの灰色の脳細胞がフル回転を起こし、そして。
「…………お邪魔しました~」
導かれた結論が『見なかった事にしよう』だ。まあ、後は若い二人にお任せ、自分は見なかった事にして、このまま技術開発部への入部は見送ろう。折角、二人の愛の巣になった部活に自分が入るのはあまり宜しくない。うん、うん、なんて一人で結論を出し、そのままルディがそっと部室の扉を閉めようとして。
「ま、待て、ルディ!! 誤解だ!!」
「へ? る、ルディ様!? なんでルディ様が――じゃなく! そ、そうです!! ご、誤解です!! 別に何にもありません!!」
「そ、そうだ! 私達の間には何にもやましい事はない!」
閉めようとした扉を『ガッ!』と捕まえ、どっからそんな力が出るのかと言わんばかりの力で扉をぐわっと開けるエルマー。その横からひょっこり顔を出したクレアも、赤べこもかくやと言わんばかりに首を上下にガシガシと振っている。そんな二人をジト目で見つめ、ルディははぁとため息を吐いた。
「……んじゃ何してたんですか、二人で。僕から見る限り、なんか物凄く良い雰囲気に見えたんですけど……これ、僕の気のせいですかね?」
そんなルディの言葉に、『うぐぅ』と二人の息がつまる。『なにをしていたか』と問われれば、何とも言えないのが現状だ。
「……クレア嬢が泣きそうな顔をしていたんだ」
「はい」
「その……クレア嬢がそんな顔をしていると、その……なんだ。何とも言えない気持ちになるというか……クレア嬢は、笑顔の方が似合うというか」
「……はい」
「それで、まあ……慰めようとして一歩近づいたら……クレア嬢に……避けられて」
「…………それで迫ったんですか? うわぁ……」
エルマーとルディの付き合いは長い。エルマーが優秀な研究者、技術者、或いは開発者であることはルディは承知の事ではあるし……多分に偏見を含んだ意見であるのは承知だが、どちらかと言えば技術者は思い込んだら『こう』な部分があり、まあ詰まるところ、エルマーはこれと決めたら周りが見えずに突っ込む癖があるのである。その愚直さが、或いは研究開発の一助になっているのは間違いでは無いのだが。
「……そっち方面に行っちゃいましたか……」
事案である。幾ら友人と言えども、これはない。
「生徒会長と風紀委員長、言いつけるならどっちがいいですかね? 大丈夫ですよ、エルマー先輩。僕も一緒に謝ってあげますから」
それが自分に出来る精一杯。まるで聖人の様な悟った笑顔でエルマーに声を掛けると、そんなルディに返って来た声はクレアのモノだった。
「ち、違います、ルディ様! べ、別にエルマー先輩に迫られたワケじゃないんです!! こう、エルマー先輩が一歩近づいてきて……ちょ、ちょっとびっくりしちゃって、一歩引いちゃったんです! そ、そしてらエルマー先輩、ちょっと泣きそうな顔になって……い、嫌だった訳じゃないんです!! 嫌だった訳じゃないんですけど……ちょ、ちょっとびっくりして……」
「……びっくりさせてしまったのか……その、も、申し訳ない」
「ち、違うんです!! だ、だってホラ! さっきはあのアクセサリー、くれるとかくれないとかの話になったじゃないですか!! あんな素晴らしいアクセサリー作れる人が、私みたいな貧乏男爵令嬢に、その……と、特別みたいな贈り物したら、不味いんじゃないかな~って!!」
「何を言うか。別にクレア嬢がどんな出自であろうと関係ない。安心してくれ。君は、そのままで素晴らしい。私が保証しよう。まあ……私の保証くらいでは安い保証にしかならんが……」
「そ、そんな事ないです!! そ、その……う、うれしい、です」
頬を赤く染め、チラチラとエルマーを見やるクレア。そんなクレアに、エルマーも頬を赤く染めて見返し。
「…………他所でやって貰えません? そのいちゃラブごっこ。マジで勘弁してください」
砂を噛んだ様な顔をして見せるルディ。やってらんねぇ、である。
「ち、違う!! ルディ、本当に誤解だ!! 私たちは別に、と、特別な関係とかではない!!」
「そ、そうです!! べ、別に私たちは特別な関係では――」
「あのね、二人とも」
「「……はい」」
「……朝起きて、道が濡れていたらどう思います? 雨が降っている所を見ていなくても、『ああ、雨が降ったんだろうな~』と想像できるでしょう?」
「そ、それが――」
「アンタら二人がどう言い訳しても、二人でいちゃラブしてたのは事実。僕はまあ、それでも構わないんですけど……」
「――そんなぽっとでの一年生に、エルマーさまは渡さないしぃ~? はぁん? って感じぃ!!」
ルディの後ろからひょっこりと顔を出したユリアは、間延びした言葉とは裏腹に、そんな言葉と厳しい視線でクレアを射抜いていた。




