第八十三話 結構人気者、エルマー君!
エルマー・アインヒガーは『わく王』の世界において、『孤高の天才』というキャラ設定が為されている。まあ、『孤高』というより、実態はただの極度のコミュ障なだけなのであるが。
そんなエルマールート、実は以外にも女子受けがエドガーヤンデレルートの次に良かったりする。まあ、比較論でというのはあるが、わく王にしては珍しく『看板に偽りがない』という意味ではまあ真面な部類に入るのだ。実際、エルマーは天才だったのだ。
アクセサリーを作れば、職人も裸足で逃げ出す腕前。
歌を作れば、王立劇場が満員になるほどの美声。
料理も、王城の料理人に遜色ない完璧な料理。
絵画も、作詞も、勉強でさえ高いレベルでこなせる天才キャラ、それがエルマーであり、ある意味では完璧超人の名は彼にこそ相応しいのだが……いかんせん、人間関係における機微というか、配慮というか、コミュニケーション能力というか、まあその辺りがまるっとダメなのだ、エルマーは。エドガーが『普通王子』だとしたら、エルマーは『残念令息』なのである。まあ、そんなエルマーがヒロイン、つまり自身が操作するクレアに骨抜きになっていく姿に、一部の女性陣は熱狂したりしたのだが。
「……あんな素晴らしいアクセサリーも作れるんですね、エルマー先輩……」
まるで魂が消えた様に呆けた様子で木箱を見つめるクレア。そんなクレアに、エルマーは苦笑を浮かべて首を左右に振る。
「有難いが……『あんな素晴らしい』という程のものではないさ。精々、手遊びの範囲だしな」
「手遊びって……手遊びのレベルを超えていますよ、アレ」
「そうか?」
クレアの愕然とした言葉に、エルマーは首を捻って見せる。心底分からない、という表情はアレだ。『あれ? 僕、またなんかやっちゃいましたか?』のやつだ。ルディが憧れた、例のアレである。が、エルマー的には少し違う。
「そう言って頂けるのは有り難いが……本当に、大したものではない。褒められるのは嬉しいが、出来れば発明の方で褒めて貰った方が嬉しいのだが……」
まあ、考えても見て欲しい。幾らルディが現代知識を教えたとしても、基本的に中世ヨーロッパ風世界に生きる彼らが、ルディの発想――まあ、チート知識だが、チート知識を完全に理解し、自らで作図し、設計し、開発し、運用し、国家の一大プロジェクトになるまで育て上げた男なのだ、エルマーは。そりゃ、婦女子にきゃあきゃあ言われる『程度』の技術など、彼にとっては充分手遊びの範囲なのである。これは別にアクセサリー職人を馬鹿にしている訳ではない。ホームランバッターに『リフティング、マジで神っすね! 見習いたいっす!』と言われても喜ぶよりも困惑するし、『俺のホームランを見習えよ……』と心の内で思っていながら曖昧な笑みを浮かべるのと、本質的には同義である。
「へぇ~……あのアクセサリー技術以上の技術、ですか……とんでもないですね、エルマー先輩……」
対してクレア、少しだけ気後れしてしまう。まあ、そりゃそうだろ。軽い気持ちで入った部活の先輩が超ハイスペック男子なのである。普段のコミュ障も、『何故か』クレアには発動していない以上、女子と話すと上がってしまうというエルマーの『悪癖』も発揮されていない。と、いう事はだ。
「……やべぇことになりました……」
きっと、この男子は学園の『王子様』なんだ。そんな『王子様』だから、高嶺の花過ぎて誰も近くに寄らず、一人ぼっちで部活をしているんだ。きっと、『エルマー様に近づいたらダメ! 遠くから見つめるだけよ!』みたいな協定があるんだ……という発想に行きつくクレア。そして、翻って現状を把握すると、そんな高嶺の花な『王子様』の聖域に、無遠慮に入っていった、巷で噂の悪女一年生。
「………………私、そんなに悪い事しましたかねぇ?」
入学以来、もう何度目かもわからない呟きをしながら涙目になるクレア。今回は完全にクレアの被害妄想ではあるが……まあ、今までのあまりにも悲劇な彼女の学園生活を思えば、これくらいの被害妄想は充分、情状酌量の余地がある。
「どうした、クレア嬢? そんなに悲しそうな顔をして――涙まで浮かべて」
そんなクレアに、心配そうに近寄るエルマー。エルマーのその仕草に、『びくっ』と体を震わせて一歩下がるクレア。明確なその『拒絶』の意思表示に、エルマーが少しだけ悲しそうな顔をする。
「……すまない、怖がらせたか?」
女性に拒否されるのに慣れていないエルマー。これは彼がモテモテだからという訳ではなく、純粋に彼の方から拒絶していたので単純に経験値がないだけなのだが……ともかく、初めての経験に意気消沈するエルマー。そんなエルマーに、慌てた様にクレアは一歩、ずいっと顔を近付ける。
「こ、怖がってません!! すみません、変な反応しちゃって!! そ、その、本当に怖いとか思っていませんから!!」
「――っ! わ、分かった!! 分かったから、クレア嬢! 少し離れてくれ!! ち、近い! 近すぎる!!」
「な、なんでですか! 最初に一歩詰めよって来たのはエルマー先輩の方じゃないですか!!」
「そ、そうだが!! だ、だが、見て見ろ!! この距離!!」
彼我の距離はほんの数センチ。端から見れば、キスする一歩手前くらいの距離感で話すクレアに、エルマーの顔は真っ赤に染まる。
「ち、近すぎる!! 本当に近すぎるんだ、クレア嬢!? こんな所、誰かに見られた――」
「……学園でサカるの、止めて貰っていいですか~?」
そんな呆れた様な、『本当の王子様』であるルディの声に、エルマーは天を見上げた。




