第八十二話 ガチモンの天才
時間は少し遡り、エディとエドガーがバチバチ――というより、一方的にエドガーがエディを苛めていた、丁度その同時刻。
「……さあ。何もない所だが、入ってくれ」
「お、お邪魔します!」
「ふふふ。そんなに気合を入れなくても良い。言っただろう? 誰も居ないと。まあ、座っていてくれ。なにもない部室ではあるが、紅茶とティーカップくらいはある。折角なので飲んで行ってくれ」
「あ、お、お構いなく」
「構うさ。なんせ、初の新入部員だからな」
そう。まるで愛の告白かの如く口説き文句でクレアをゲットしたエドガーは、そのまま意気揚々とクレアを連れて部室に帰って来ていたのだ。るんるんと形容しそうな空気のまま、エルマーは紅茶のカップを取り出すと、ポットに入れて置いた紅茶を火にかける。
「湯が沸くまで待ってくれ。その間は……そうだな、何か興味深いものがあれば見ていて構わんぞ?」
きょろきょろと物珍しそうに部室を見回していたクレアに、少しだけ笑いを含んだ声でエルマーは告げる。自身のそんな行動が恥ずかしかったか、声を掛けられたクレアは頬を赤らめて俯いてしまう。
「そ、その……す、すみません。なんかこう……珍しいものがいっぱいだな~って」
「私にとっては見慣れたものではあるが、君にとっては珍しいものかも知れないな。気に入ったものがあれば持っていってくれても構わないさ」
「気に入ったものって……って、あれ? これ、なんですか?」
机の上に置いてあった木箱を手に取る。『開けて良いぞ?』というエルマーの言葉に、クレアはその木箱を開けて――息をのむ。
「…………綺麗」
文字通り、『魂消た』様な声を上げるクレア。おずおずと木箱を机の上に戻し、木箱の中から一本のネックレスを取り出した。
「……私は芸術方面、とんと疎いですが……凄いですね、これ。シンプルなのに、物凄く綺麗で……このペンダントトップも清楚な様で可愛くて……それに、仕事が凄く丁寧ですね……」
「そうか。気に入ったか?」
「はい! 大人っぽい中に、こう、可愛らしさがあるっていうか……ともかく、滅茶苦茶気に入りました!! 凄いな~、これ!」
嬉しそうにそう言いながら上から下からネックレスを見て頬を緩ませるクレア。そんなクレアの姿に、エルマーも嬉しそうに口角を上げて。
「それではクレア嬢。そのネックレスは君にプレゼントしよう」
いきなりの爆弾発言に、ぴしっと音を立てて固まるクレア。後、思い出したかの様にぶんぶんと首を左右に振って見せる。
「も、貰えませんよ、こんな高価なもの!? だってこれ、物凄く丁寧な仕事じゃないですか!! きっと、一品モノのオーダーメイドってやつじゃないんですか!?」
「まあ、オーダーメイドと言えばオーダーメイドだな。だが、本当にそんなに高価な物ではないぞ?」
「いや、そんな訳――」
そこまで喋り、クレアは気付く。ああ、なるほど、と。
「……エルマー先輩からしたら、このネックレスはそんな高価なモノでは無いかも知れません。知れませんが……いいですか、エルマー先輩? 私、ド田舎の貧乏男爵家の娘ですよ? 正確な値段は知りませんが……多分、このネックレスでウチの家の一か月分とか二か月分の食事になると思います!!」
下は裕福な平民から、上は王族まで。この国のありとあらゆる富裕層が集まるこの学園ならではの、格差社会にクレアは直面した。クレアの家だって貧乏、貧乏と言っているも流石に男爵位、その辺の、一山幾らの平民には負けないだけの財力はあるも……ちょっと裕福な商会のオーナー一家なんかには、全然負ける程度の財力しかない。
「良いですか、エルマー先輩? ダメですよ? こんな高価な物を簡単に上げるなんて言ったら! まあ、私も物欲しそうにしていたのかもしれませんが……ともかく! こんな高価な物を貰う訳には行きません!! 丁重にお返しします!!」
そう言ってネックレスを木箱に入れてエルマーに返すクレア。そんなクレアに心持、しょんぼりした顔をして見せ、エルマーはその木箱を受け取って机の上に置いた。
「そうか……貰っては貰えないか」
「はい。いえ、本当に良いな~とは思いましたよ? でもですよ? 流石に今日会ったばかりの私がそんな高価な物を貰う道理は無いです!」
そんなもの貰ったら、また『悪女』って評判が流れそう、なんて打算も少々クレアには働いたりする。だってもう、こんなの完全に貢がせてるみたいじゃないか、と。
「いや、でもこれは本当に高価じゃないんだ。それに、嬉しかったから是非クレア嬢に貰って貰いたいと思ったんだが……」
「まだ言いますか! 良いですか? 私とエルマー先輩のご実家では財力に――」
「本当に材料費だけだしな。手遊びで作ったものをあんなに褒めて貰えたんだ。それなら気に入った人に貰って貰おうと思っていたのだが……」
「――は違い……はい? 作った?」
「ああ」
そう言って木箱にポン、と手を乗せて。
「――先日、私が作ったものだ。ちょっと研究に行き詰ったので、気分転換にな。中々いいものだと思っていたので、クレア嬢に褒めて貰えて嬉しかったんだ」
――エルマー・アインヒガー。
『女性を落とすことの出来る技術を遍く持っているのに、そこに辿り着くまでのコミュ力が異常なまでに欠如した陰キャ』とネットの掲示板を賑わした彼は、『わく王』の謳い文句通り、ガチモンの『天才』だったりするのである。




