第八十一話 ここからは、マジモード
ラージナル王城に与えられた自室にて寛ぐエドガーの元を、クリスティーナが訪ねて来たのはエディの部屋で『バチバチ』やり合った後のこと。コンコンコンとのノックに『どうぞ』と応えると、クリスティーナは扉を押し開けて室内へその身を滑り込ませる。
「何処に行っていたのですか、お兄様? 今日はディナーをご一緒しようと思っていましたのに……帰ってきたら、部屋に居ないし」
少しだけ不満げな表情を浮かべるクリスティーナに、ごめんごめんと笑顔を浮かべて見せるエドガー。いつになく上機嫌なエドガーに首を傾げながら、クリスティーナはエドガーの前の椅子に腰を掛ける。
「上機嫌ですね、お兄様。何か良い事がありまして?」
「良い事って程じゃないけど……ちょっとね?」
エディに『宣戦布告を』と。
「……は? お、お兄様? エディに宣戦布告? い、一体何を仰っているのです?」
「エディがあんまり情けない事言うからさ? つい、かっとなっちゃった。それでクレアを頂戴って言って来たんだけど……頂戴、じゃなくて奪う事にしたから。クレア、フォローよろしくね? 聞いた話じゃ今日のお昼、一緒だったんでしょ? 情けない話だけどさ? ちょっとくらいは持ち上げてくれても良いんじゃないかなって」
そう言って苦笑を浮かべて見せるエディ。そんなエディにポカンとした顔を見せた後、クリスティーナははっと我に返ってエドガーに詰め寄る。
「お、お兄様? どうしたのですか? その様な好戦的な事を……お兄様らしくありませんが……」
「ダメ?」
「だ、ダメでは無いですが……なんというか……解釈違いと言いましょうか……」
「……なんなの、解釈違いって」
クリスティーナの言葉に呆れた様に笑って、エドガーは椅子に深く腰掛ける。
「……ほら、僕って『普通』じゃない?」
「……そんな事はありません。お兄様は優秀です」
「ありがと。まあ、それでもクリスには敵わないしね? だからまあ、そこまで一生懸命何かを頑張る事をしてこなかったのは事実だよ。『どうせ、勝てないし』っていう……負け犬根性って言うのかな? そういう気持ちが無かったかと言えば……まあ、嘘になる」
「……申し訳ございません」
「ああ、クリスを責めている訳じゃないよ? クリスは優秀だけど、その優秀さに胡坐をかいていた訳じゃない。努力をしているのも知っているしね?」
にっこり笑ってそういうと、エドガーは茶目っ気たっぷりにウインクを一つ。
「君と一緒さ、クリス。小さいころの君は我儘放題、好き放題、『これぞお姫様!』という見本みたいな子だったじゃない?」
「……その話は止めてください」
「あの頃は僕の方が評価高かったのにね? 『クリスに比べて、エドガーは聞き分けの良い良い子だ。流石、次期国王』って」
「お兄様! 怒りますよ!?」
怒りますよ、と言いながら既に怒っているクリスティーナ。そんなクリスティーナに『ごめん、ごめん』と謝りを入れてエドガーは言葉を続ける。
「……そんな君だけど、ルディに出逢って君は変わった。『恋は人を変える』とはよく言われるけど……まさにその言葉の体現者の如く、君は利発になっていった。ルディに嫌われたくない――は、違うか。ルディに『好かれたい』と明確に目標意識を持った君は、どんどんと成長していった。我儘姫だったのが、利発で、聡明で、『男女が反対だったら良かったのに』と言われるくらい、誰もが認める立派なお姫様に、ね?」
「……お兄様……そ、その……」
「謝罪はなし。まあ、僕に悪い所もあったよ。ルディやエディ、それにアインツやクラウス、クラウディアやクリスと比べれば……どうしたって自分に才能が無いのが分かった。君たちの輪の中に入ることが出来なかったから……違うか。君達の輪の中に入って、自分の能力の無さが知られるのが恥ずかしかったから、僕は常に一歩引いた位置で君たちを見ていたよ」
「……ルディと同じですね」
「全然違うさ。ルディは自分からその位置を選んだ。皆の中心にいる事も出来たのに、一歩引いた立ち位置で皆を見守る事を選んだんだ。僕は違う。僕は君たちの輪の中に入ることが出来なかったから、一歩引いた立ち位置を選んだに過ぎないよ」
「……そんな事は、とは言いません。お兄様がそう思われたのであれば、きっとそうなのでしょう。ですが、これだけは。貴方の『妹』としての贔屓目があるのは重々承知しています。重々承知していますが……それでも貴方は優秀だとそう思いますし、それに、私は貴方の妹で良かったと、心底思っています」
真剣な目でエドガーを見つめるクリスティーナ。そんなクリスティーナの視線に一瞬息を呑み、その後エドガーはおどけた様な顔を見せる。
「……へぇ。そんな高評価なんだ、クリスの中で。うん、うん、中々嬉しいね? 兄妹じゃなかったら告白してたかもね」
「ごめんなさい、お兄様。私はルディ一筋ですので」
「ははは。顔は似た様なモノなのに、フラれちゃったか」
おかしそうに笑って。
「……でもまあ、それも此処までだね。僕は『本気』で欲しいものが出来ちゃったから。此処で今までみたいな立ち位置は許されない。だからまあ……」
こっからは、マジモード、と。
「――恋は人を変えるんだよ、クリス。見ていてね? 僕が必ず、クレアを攫ってみせるから」
そう言って、獰猛な笑みを浮かべて見せた。




