第七十八話 まるで、あいのこくはく
女の子と話す事なんてついぞ無かったエルマーの、一世一代の告白――という訳ではないが、自身の専門領域に誰かを引き込むことなんて無かったエルマーにとっては過去一で勇気を振り絞ったその行動。そんな行動に、クレアは少しだけ困惑顔を浮かべて見せる。
「え、えっと……で、でも、さっきも言った通り、私は発明みたいな難しい事はよくわからないですし……そんな私が、技術開発部になんか入ったら皆様の迷惑になるかとも思いますし……」
「皆さまなんていない。技術開発部は私一人――ああ、もう一人、勧誘をしているやつはいるが、基本的にクレア嬢を含めて三人しかいない。迷惑なんか考えなくていい」
「え? 二人だけなんですか、技術開発部?」
「ああ。正確にはまだ一人だがな。まあ、もう一人の一年生は必ず引き入れるつもりではあるが……」
『もう一人の一年』という言葉にクレアの頬が『ひくっ』と引き攣る。その後、少しだけ気まずそうに『たはは』と笑って見せる。
「え、ええっと……エルマー先輩? その、ご迷惑をお掛けする前に言っておきますけど……わ、私、一年の間でこう……あまり評判が良くないというか……こう、熱い風評被害に悩まされているというか……」
クレアのその言葉に、驚いた様な顔を浮かべるエルマー。が、それも一瞬、エルマーは『ああ』と頷いて見せる。
「……そうか。まあ……そういう事もあるかもな」
なんせ、一目で人を引き付ける程の魅力を持つ美少女なのだ、クレアは。同級生の女子からは嫉妬の視線も受けるだろうし、男子からは遠巻きに見られる高嶺の花だ。きっと、彼女は彼女なりの――『美しい』故の悩みがあるのだろうと一人納得して見せる。
……一応、言っておくがこれは完全にエルマーの勘違いで独り相撲である。まあ、クレアには正直なんの罪も無いが、彼女の周りをうろちょろしている男ども――アンド、ディアとかクリスティーナの圧のせいでそういう評価を受けているだけである。本当に、一体彼女がなんの悪い事をしたのだろうか?
「だが、安心して欲しい。私が勧誘しようとしている人間はそんな風評被害に惑わされる様な人間ではない。勿論、君を特別扱いもしない、そんな男だ」
「……信頼しているんですね、その人のこと」
「ああ。信用も信頼もしている。なんせ、こんな面倒くさい俺の友人が出来るんだ。出来た人間ではあるさ」
エルマーの言葉には嘘はない。ルディは差別も区別もしない人間あるし、クレアを見ても特別扱いはしないだろうと、エルマーは思う。まあ、ルディは確かにクレアを見てもなんにも言わないだろうし、むしろ味方になってくれる側の人間ではあるのだ。
「で、でも……い、良いのでしょうか? 私、きっと迷惑を――」
「――問題ない」
言い掛けるクレアの手を、包み込むように握りエルマーはじっと視線をクレアの瞳に向ける。『昭和ギャグマンガの六つ子みたい』と言われた、ルディやエディそっくりの整った顔に、彼特有の『陰』を足したアンニュイな表情に、クレアの頬に熱が籠る。イケメンはイケメンなのだ、エルマーも。前に残念が付くが。
「問題ないんだ、クレア嬢。君が悪評に晒されているのならば、私が君をその悪評から守って見せよう。君が辛いというなら、私が慰めてあげよう。君が涙を流すというのなら、私が君の涙をぬぐってあげよう。君が――」
居場所がないと、言うのであれば。
「――私が、君の居場所になってやろう」
……聞きようによっちゃ熱烈なプロポーズにも聞こえるそんなエルマーの言葉。そんなエルマーの言葉に、クレアの頬がさっき以上に真っ赤に染まる。
「え、えっと……そ、その……う、嬉しいです……」
熱に浮かされた様に潤んだ瞳でエルマーを見つめるクレア。此処だけ見ればクレアも相当チョロインだが……考えても見て欲しい。入学式当日に第一王子に公衆の面前でプロポーズされ、その翌日にはイケメン宰相閣下の息子と、イケメン近衛騎士団長の息子が取り巻きになり、更に数日後には他国の王子様までその輪に加わっちゃったのである、クレアの意思関係なく。クレア的には状況に追いついていないし、こう、なんていうか……他の面々はクレアの事を考えているというより、自分の都合しか押し付けてこない印象なのだ。そんな中で。
「そ、そんな風に私の事を言ってくれたの、先輩が初めてで……え、えっと……も、物凄く嬉しいです」
エルマーの、『クレアに寄り添う姿勢』はクレア的にはものすごーく嬉しいのだ。アレだ、ようやく優しくされた気すらしているのだ、クレア的には。だから、クレアはその真っ赤な頬のまま、にっこりと微笑んで。
「そ、その……私は開発とか、発明とかは出来ません。設計図とかも多分、描けないと思います。さっきは可愛げのない事を言ってしまって申し訳ないですが……そ、その、エルマー先輩? 私も……私を」
技術開発部に、入れてくれますか?
「……え、なにこの可愛いイキモノ」
こくん、と首を傾げて上目遣いでこちらを見やるクレアに、思わず本音が漏れ出でるエルマー。そんなエルマーだが、ドキドキするような、期待する様な眼差しを向けるクレアにはっと意識を取り戻し、人生で一番の笑顔をクレアに向けて。
「――歓迎する、クレア・レークス。俺と……楽しい学園生活を送ってくれると嬉しい」
はい! と元気よく返事をしながら微笑むクレアに、エルマーは万感の思いを胸に抱きながら、天を仰いだ。
……尚、余談ながらエルマーの告白まがいの部活勧誘は各部活の勧誘戦線真っ只中で行われていたため、クレアの評判が輪を掛けて悪くなり、ユリアの機嫌が加速度的に悪くなったのはまた別の話である。今回に関してはエルマーもクレアも別に悪くはないが、タイミングが物凄く悪い。人目のない所でやれ、人目のない所で。




