第七十七話 エルマー、一世一代の勝負!
「クレア……レークス……」
口の中で二度、『クレア……クレア……』と呟くとエルマーは少しだけぎこちない笑顔を浮かべて見せる。基本、人との関係性を断捨離して来たエルマーからしてみたら激レアショットである。
「うん、覚えた。これからよろしく頼む、クレア嬢」
エルマーの言葉に、クレアはにっこりと微笑み。
「あー……でも、私に出来ますかね? 工作はしたことありますけど、流石にそんなガッツリ発明はちょっと難しいかも知れないです」
微笑まない。たははと曖昧に笑いながら、頬をポリポリと掻く。そんなクレアの姿に、エルマーは少しだけ――訂正、だいぶ焦った様子で捲し立てる。
「だ、大丈夫だ! 別に発明をするだけではない! 設計図を書いたり――」
「……私、絵心本当に無いんです。お母様に『……え? これ、猫? あ、あはは! く、クレアはお絵描き上手ね~』って気を使われるくらいの実力でして」
「――……」
「……」
向いてない。明らかにクレアにこの部活は向いていない。そもそも彼女、実家がド田舎であるため子供の頃のお遊びと言えば、鬼ごっこだったりかくれんぼだったりの外での遊びになるのだ。基本、アウトドアのクレアとゴリゴリのインドアド陰キャのエルマーでは交わるところは無かったりする。
「……そ、そうだ! ま、マネージャー!!」
「え?」
「ま、マネージャー的な役割はどうだろうか!? た、例えば私が疲れた時に紅茶を淹れてくれたりとか!!」
「それ、マネージャーじゃなくて秘書じゃないです? っていうか、技術開発部にマネージャーっているんですかね?」
「ぐっ……」
いらない。確実に、文化系部活にマネージャー的な役割は必要ない。いや、まあ文化系でもスポーツ寄りの文化系部活なら必要なのかも知れないが、少なくとも技術開発部には必要ないのだ。
「……そうだな。確かに、技術開発部にはマネージャーは不要だ。すまない、変な事を言ってしまった」
心持、しょんぼりとした表情を浮かべた後、エルマーは苦笑をして見せる。
「……そうだ、そうだな。クレア嬢くらいの可憐な令嬢ならこんな陰のある部活に入る必要は無いだろう。テニスサークルみたいな、キラキラしたサークルが似合うだろうしな。そうだ! なんなら紹介をしようか? ユリア嬢というテニスサークルの令嬢が居るが、既知でな? 私の紹介なら――ああ、逆効果も知れないな」
自らの部活に入ることが叶わないなら、せめてこの可憐な少女に幸せを。そう思い、ユリアを紹介し、出来れば少しでも彼女が過ごしやすい様に口を効こうかと思ったが……残念、エルマーのコミュ力は3です。ゴミめ。
「そ、そんなこと無いです!! あ、あの、私、どのサークルにも断れてまして……」
「なに? クレア嬢が断られた?」
「ああ、すみません! ちょっと嘘ついちゃいました!! 断れてはないです!!」
「……びっくりした。そうだろう? クレア嬢を断ることなど――」
「……正確には私が、『すみませーん。この部活は何をしているんですか~?』って尋ねた瞬間、先輩方が引き攣った顔をして逃げて行ったんです。なので……断られてはいないんです……断れては……いない、です……」
尚悪かった。そんなクレアの言葉に、心底驚いた表情でエルマーが口を開く。
「……そんな事が有り得るのか? クレア嬢ほどの女性が声を掛けて――ああ、でも分かるかも知れないな、それは」
「……分かるかも知れないんですか?」
「ああ」
なんといってもクレアは可憐な少女である。エルマー自身、街で『すみませーん、ちょっと道を教えて貰ってもいいですか?』なんて言われたら『あ、あ、あ……す、すみません』と顔を真っ赤にして逃げるかも知れないのだ。陰キャにはきついのである、美少女との突然の会話は。
「……ユリア嬢には感謝だな」
クレアを見て驚いたものの、それでも話が出来たのはその前のユリアによる過剰なまでのスキンシップのお陰でもある。あれで多少の耐性がついたのが大きい。まあもっとも、明日になれば無くなる程度の耐性であるが。
「……そうですか……やっぱり分かりますか……そうですよね? 女子寮の先輩方もサークルや部活に入ってますし、そりゃ私の悪評なんか響き渡っていますよね……こんな地雷案件、誰も引き取ってくれませんよね……」
対するクレアは『分かるかも知れない』の言葉を完全に誤解。ずーんっと重くなった表情を浮かべるクレアにエルマーは慌てて声を掛ける。
「ど、どうした、クレア嬢!? そんなこの世の終わりの様な顔をして!!」
「この世は終わらないですが、私の学園生活はもう終わっていたんだなって再確認しただけです。ちょっと楽しみにしていたんですけどね、部活とかサークル。お母様もテニスサークルに入って楽しかったって言ってましたので……」
ちなみにクレアのお母様とお父様はテニスサークルの同期だったりする。どういう意味で『楽しかった』のかは此処では名言しないが、クレアにその遺伝子を伝えたクレアママも相当な美人であり、そんな可愛い少女がひらひらしたテニスウェアに身を包んだ姿がクレアパパの心を射抜いたのは間違いない。
「よくわからんが……その、なんだ? もし、部活に憧れがあるのなら」
少しだけしょんぼりしたクレアのその姿は、エルマーの心を打ち。
「――やはり、技術開発部に入らないか? いや……是非、入って下さい」
エルマー、一世一代の勝負に出た。




