第七十六話 オタクに優しいギャルがいるなら、オタクに優しい可憐な少女もいる。
不意に掛けられた声にエルマーが振り返る。若干、おどおどした様な雰囲気を醸し出しながら、それでも綺麗な瞳をキラキラと輝かした少女がそこに立っていた。真新しく、これからの成長に期待してか、少しだけオーバーサイズの制服に身を包んだ少女は正に『新入生っぽさ』を体現した少女であり、その姿にエルマーは少しだけ息を呑む。
「――っ」
否、その『新入生っぽさ』に息を呑んだ訳ではない。
「あ、あの……」
ピンクの髪色のボブカット。
つやつやな唇。
大きな瞳。
一目で目を引く、その少女の『とんでもない』美少女ぶりに。
「あ、あはは~。やっぱり私が入るのは無理ですかね?」
だって云うのに、自信なさげに笑うその美少女に、はっと意識を取り戻したかの様にエルマーは口を開いた。
「す、すまない! え、ええっと……な、なんだったか?」
「その、こ、この部活は何をしているかって話なんですけど……」
「あ、ああ、そうだったな! こ、この部活は……なんというか……発明? 発明をしている部活だ」
「発明、ですか?」
「あ、ああ。この部活はある人物のアイデアを元に設計図を引いたり、実際に物を作ったりする部活だ!」
「……工作、みたいな感じですかね? 私も小さいころにやったことあります!」
少女のその言葉に、少しだけエルマーは『カチン』と来る。別に工作を馬鹿にするわけではないが、その道ではそこそこ有名、『稀代の天才発明家』とか『若手の超有望株』と言われる一端の『科学者』である自分に対して、『子供の頃にやってました~』なんて言われたら、エルマーの科学者としてのプライドに傷が――
「ああ、そうだな! 子供のお遊戯みたいな部活だ! 楽しく皆で工作をする部活だな!!」
――付かない。エルマーにしては珍しい事に……というか、初めての経験である『相手に合わせる』事をしているのである。エディが見たら顎が地面に付くんじゃないかくらいに驚く光景である。そんな何時にない自分に気付かないほどにエルマーは饒舌に語り始める。
「勿論、工作をしてもかまわないが、それ以上に楽しい発明もあるぞ! 例えば今は『飛行機』という、空を飛ぶ機械を作ろうとしている所なんだ! まだまだ設計図の段階ではあるが、この後幾つかの実験をした後に蒸気機関という新しい技術を使って推進機関――『エンジン』と呼ぶ予定なのだが、そのエンジンを作って人が空を飛ぶ機械を作る予定なのだ!! 人が空を飛ぶのだぞ? 鳥や、蝶の様に、自分自身の意思を持って人が空を飛ぶんだ!! 今はまだまだ構想段階だが、数年後、数十年後にはこの大地の空は飛行機が飛び交い、今よりもずっと短い時間で世界中を旅行出来るようになる――いわば、『時間を縮める』大発明だ! それを私は――」
そこまで喋り、エルマーは口を止めて『さぁー』と顔を青くさせる。これは経験がある人もいるだろうが、自分の得意な分野になると今まであまり喋らなかった人間が急に饒舌になる現象、所謂『オタク君の早口』である。典型的な自分語りをしてしまった事に『不味い』と悟り、エルマーは慌てて頭を下げる。
「す、すまない! 急に熱く語ってしまったな! い、いや、これは私の悪い癖で……興味もない人に対しても、思わず自身の知見をひけらかしたくなってしまうんだ。その……ほ、本当に申し訳ない!!」
実際、技術院でもあったのだ。エルマーが熱く語り、技術院の人間が冷めた目を向けてくる事は。普段のエルマーだったら『ふん、凡俗にはこの崇高な理念は分からんさ』くらいの悪態は付くのだが――どうしてか、この少女にはそんな事を言うなんて考えは毛頭なく、それ以上にこの少女に『嫌われたくない』と思ったのである。重ねて言うが、普段のエルマーからは考えられないそんな思考を。
「――そんな事ないです!! 先輩、とっても格好いいです!! さっきの『時間を縮める』って、本当に凄いと思いました!! それって、『世界が小さくなる』って事ですよね!! 凄い! 先輩、本当に凄いです!!」
救ってくれたのは、目の前の少女のそんな声。思わず顔を上げたエルマーの前では、胸の前で手のひらを合わせてキラキラした目をした少女の姿があった。
「そ、その……き、気持ち悪くないか?」
「え? なんでです? だって先輩、自分の好きな事を喋っただけですよね? 気持ち悪くなんて無いですよ。そんな事より、凄いですね!! うわー、うわー! 格好いいです!!」
屈託のない少女の笑顔と、その言葉が真であると信じられる様な、全身で『凄い』を体現するかのようにぴょんぴょんとその場で跳ねて見せる少女のその姿に。
「――可憐だ」
「……へ?」
「あ、ああ、すまない!! き、気持ち悪い事を言ったな!? そ、その、他意はない!! 他意は無いんだ!! た、ただ、そうやって喜んで見せてくれる姿が……そ、その、可愛くて、つい」
顔を真っ赤にし、それでもその言葉に嘘は無いと言わんばかりに声を絞り出す。そんなエルマーに少女はびっくりした様な顔を浮かべて見せる。それも数瞬、その顔には満面の笑みが浮かんだ。
「その、気持ち悪くないです! 言われ慣れてないんで、ちょっとびっくりしましたけど……でも、嬉しいです!! ありがとうございます、先輩!!」
「言われ慣れてない? そんなわけ無いだろう?」
そんな訳はない。誰が見たってこの少女は美少女だし、言われ慣れてないなんて事は絶対にないはずだ。そう思うエルマーに、少しだけ気まずそうに美少女は頬を掻く。
「あ、あはは~……いや、マジで言われ慣れて無いんですよ。美少女なんて」
「そうなのか? 今年の一年は見る目が無いんじゃないか?」
「あー……ある意味では当然の結果と言いますか……特に一年からは絶対に言われることは無いと言いましょうか……」
神妙な顔をする少女に首を捻るエルマー。が、何かに気付いたかの様にエルマーは口を開いた。
「そう言えば、これだけ話していたのに名乗っていなかったな。私はエルマー。エルマー・アインヒガーだ。可憐なレディ、宜しければお名前を伺っても?」
社交性ゼロのエルマーからはついぞ飛び出すことの無かった言葉が飛び出す。『可憐』という言葉に少しだけ少女は顔を赤らめ、それでも嬉しそうに。
「――はい! 私の名前はクレア・レークスです!! よろしくお願いします、先輩!!」




