第七十二話 オタクに優しいギャルはいる。
「か、考え直せルディ! て、テニスサークルだと? お、悍ましいものにお前は入ろうとしているんだぞ!? そんなものに入ったら、お前はきっと根っからの陽のモノに取り込まれてしまうだろう! だ、ダメだ! そんなのは絶対ダメだ!! お前はこちら側、『陰』のモノだろうが!!」
「……なんかすごく失礼な事言われている気がするんですけど? 陰のモノは先輩でしょ? ド腐れ陰キャじゃないですか、先輩」
エルマーの言い草に思わずむっとするルディ。別に自分が陽のモノだとは思っちゃいないが、目の前の陰キャを拗らせた陰キャオブ陰キャに『お前も同類だって!』と言われるのはちょっと、なのである。
「そ、そもそもなんだ、テニスサークルって!! お前、そんなにテニス好きだったか? エドワード殿下にテニスでぼこぼこにされていたじゃないか!!」
「ボコボコにって……まあ、されていましたけど。でもまあ、別に良いじゃないですか。お遊びサークルって先輩も言ってましたし」
「俺はそんな事を言ってないぞ!!」
「いや、先輩ってエルマー先輩の事じゃ……ああ、そっか。エルマー先輩、友達いないから後輩って言ったら僕の事しか想像できないのか。違いますよ。先輩ってのは二年のユリア先輩です。『でんか~? サークル決まってないならテニサー入らない? 殿下ならセレクションなしでおけまる水産~』って言ってましたし……入れて貰おうかなって」
「ゆ、ユリア嬢!? ユリア嬢と言えばアレか! バーデン子爵家のユリア嬢か!? ピアス開けてるあの、ギャルか!?」
「ギャルって。まあ、ギャルっぽいですけど」
「止めておけ!! 良いか? ユリア嬢は本当に恐ろしい女だぞ!! 俺だって一年の時、『うぇーい、エルマー様? なにしてんの~? あ、また設計図とか書いてるんだ~。ちょー凄いじゃん! みんな~? みてみて~、エルマー様の新発明、マジでアガるんだけどー』とか言って俺の書いていた設計図、黒板に張り付けたんだぞ!? 酷くないか!!」
雰囲気はイラスト描いてて一軍女子に絡まれるオタク男子である。
「……良いじゃないですか、別に。それにきっとユリア先輩、悪気は無かったと思いますよ? 陰キャ弄って楽しむ感じの人じゃないでしょうし……純粋に『エルマー様、マジかっけー』ぐらいの感覚だったんじゃないんです?」
ただし、一軍女子に取り上げられたオタク君、実はネットで大バズりした神絵師だった上に、アニメ化も決まった漫画家だった件、みたいな感じである。それぐらい、エルマーの実績は優れているのである。
「何を云うか! アレは俺がまだ構想中の新発明の設計図だぞ!? 誰かに模倣されたらどうする!! 良いか? 発明家にとって発明の設計図は命と同様、誰にも知られてはいけない、秘匿すべきものだぞ!!」
「……まあ、その辺はデリカシーが足りないかもとは思わないではないですが……でも、良いじゃないですか。どうせ、エルマー先輩の設計図なんて見ても誰も分からないんですし」
実際、エルマーの才能は学生の域をとうに超えている。そんなエルマーの設計図、普通の学生が見てもチンプンカンプンであろうことはルディにも分かる。が、そんなルディを見つめて、エルマーは詰まらなそうに鼻をふんっと鳴らして。
「何を言うか、ルディ。お前なら分かるだろう? 俺の『設計図』から、俺の意図も、俺の意思も、そのなにもかも。なんせ、俺の発想の多くはお前の意見から生まれたのだからな」
そう。
転生してすぐ、ルディはエルマーに出逢っている。そういう意味ではエディやディア、それにアインツとかクラウスとも会っているのではあるが、残念ながらこの人、極度のコミュ障であるため真面に喋ることが出来なかったのである。
そんなとき、エルマーに話しかけたのはルディだ。原作知識でこのエルマーが後に『天才発明家』と呼ばれるほどの人物であることも知っていたし、彼のお父さんの職業上、資金も設備も材料も、なんでも揃うのを知っていたからだ。ついつい楽しくなって色々と話し込んだ結果。
「ああ、そうだ。父上が言っていたが、ルディの言っていた『蒸気機関』、ついに試運転に成功したらしい。馬車よりも早い時間で他国に行くことも出来るとな。俺も謝礼として幾ばくかの報奨金を貰ったから、どうだ? 飯ぐらいは奢ってやろう」
――原作世界をぶっちぎる技術革命が起きてしまったのである。ルディとしても悪気はなく、『あっちの世界に少しでも近くなれば、きっと過ごしやすい!』と思って提案した結果、彼の才能が大爆発しちゃったのだ。
「……とんでもないですね、先輩」
「何を言う。そもそもお前が俺に教えてくれた知識だろう? 俺はそれを実行できる様にしたに過ぎない。一を百にするのは比較的簡単だが、零を一にするには途方もないからな」
「いや、一を百もだいぶ大変だと思うんですけど?」
「一を百は努力でどうにかなる。だが、零を一にするには天才的な閃きがないと無理だからな。そして、その点に関しては完全に俺はお前に劣る。だがな、ルディ? 俺はお前にはない才能があると思っている。一を百にする『努力』が出来るという才能だ。いや、努力は正確では無いな。俺は研究が好きだ。一を百にすることを、苦しいと思わない才能がある。だから――」
一緒に盛り上げていかないか、この技術開発部を、と。
「……」
そんなエルマーに、ルディはにっこりと微笑んで。
「――でも折角だし、僕ももうちょっと女の子と絡みたいな~って」
「おま、マジで陽キャじゃないか、それ!! どうした? パリピ病にでも掛かったのか!? お前は陰キャ寄りだ!! それを忘れるな!!」
エルマーの絶叫が室内に響いた。大概酷い、エルマーも。




