第七十話 ククク三姉妹
「そう言う事でクレアさん? お兄様とデートに行ってみません? きっと楽しいですよ?」
にこにこと笑ってそんな事を言うクリスティーナに、少しばかり顔を引きつらせてクレアは曖昧な笑顔を浮かべて見せる。
「ええっと……あ、あはは。そ、そうですね。機会があれば、まあ……うん、いつかそんな日も来るん……じゃ、ないかな~? ま、まあエドガー君も忙しいでしょうし? 何時かですよ、何時か!!」
別にクレアだってエドガーと遊びに行くのがいやな訳ではない。訳ではないが、こう……それは確実に外堀をがっつり埋められそうでちょっと怖いのだ。特に今のクリスティーナの言葉を考える限り、一回デートに行った日には気が付いたらスモロアに輿入れする未来さえ全然有り得そうで怖い。
「……ちょっと待ってください」
戦々恐々しながら愛想笑いを浮かべるクレアに、ディアが小さく『はい』と手を挙げて見せる。そんなディアに首を捻りながらクレアは口を開いた。
「どうしました、クラウディアさん?」
「いえ……先ほどから少し気にはなっていたのですが……『エドガー君』?」
「へ? ……ああ、呼び方ですか? エドガー君が『僕の事はエドガーと呼んでくれるかな?』って言ってましたので、エドガー君って呼んでいるんですが……あ、ああ! もしかしてこれ、物凄く失礼だったりします!? や、やっぱりエドガー殿下って呼んだ方が――」
「いえ、大丈夫です」
「――クリスティーナ様?」
「この学園は平等を重んじています。勿論、社交界などであればある程度身分差はありますが……学園内では問題ないですよ?」
クリスティーナはそう言ってにっこりと笑顔を浮かべて見せる。その後、少しだけ頬を赤らめてチラチラと視線をクレアに向ける。
「ええっと……な、なんでしょうか?」
「い、いえ! ほ、ほら! お兄様は『エドガー君』なのでしょう? でしたらこう、私の事もこう……お、お友達な訳ですし? く、『クリスティーナ様』では少しばかり『固い』と思いませんか?」
「そ、そうですか。いや、そう言われればそうかも知れませんね。それではこれからクリスティーナさんとお呼びしても良いですか?」
「も、勿論、それでもかまいません! か、構いませんが……こ、こう、それじゃちょっとお兄様に比べて固くないですか? もうちょっとこう……砕けたというか……」
クリスティーナは王女であり、しかもスペシャルな方の――つまり、『普通王子』であるエドガーとは一線を画す、優秀な女性である。高貴な血筋、自身も天才とくれば同世代に所謂『友達』と呼べる存在はいない。強いて言うならディアが『友人』ではあるが、ディアの場合は『友人』というより『盟友』に近い感覚であり、純粋な友人関係か、と言われれば疑問符が残る。まあ、長々と語ったが。
「あ、あだ名とか……い、良いと思いません?」
クリスティーナはちょっと憧れていたのだ。気の置けない友人との楽しいお喋りと――愛称呼びに。
「あだ名ですか? 良いですけど……なんでしょう? 今の段階のあだ名って完全に名前準拠になっちゃいますよ? それって殆ど呼び方変えただけなんですけど……」
「い、良いです、それで! なんかこう……し、親密な気がしませんか?」
不安に瞳を揺らしながらそう尋ねるクリスティーナ。そんなクリスティーナに、庇護欲を覚えながら、クレアはにっこりと微笑み。
「はい! それじゃ……よろしくお願いしますね、『クリスちゃん』?」
「あ……は、はい! わ、私もよろしくお願いします! く、『クレアちゃん』!」
ぱぁーと華が咲くような笑顔を見せるクリスティーナ。その笑顔に、クレアも同じように笑顔を見せて――そして、ディアが詰まらなそうにポツリ。
「それ、あだ名じゃないじゃないですか。クレアさん? もっと良いあだ名がありますよ。『腹黒王女』とかどうですか?」
ディアの言葉に、クリスティーナがきっとした視線を向ける。
「誰が腹黒ですか、『被虐令嬢』」
「被虐令嬢って。私は別に被虐趣味を持っている訳ではありません」
「エディに対する態度、思い出して貰ってもいいですか?」
「あれはエドワード殿下が悪いだけです。ともかく……」
そう言ってディアはクレアの袖をくいっと引っ張って見せて。
「……ズルくないですか?」
「……へ?」
「クリスばっかりそんな親し気な呼び方、ズルくないですか? クレアさんの一番の友達は私……ですよね? 私が最初の友達ですよね? だったら……私だって、その……」
もじもじとしながら上目遣いでそう言って見せるディア。そんな姿に、思わずクレアが鼻を抑えて中空を見つめる。
「……鼻血出るかと思った」
「は、鼻血? え、ええっと……」
「……気にしないでください。クラウディアさんが悪い訳じゃありません。ええ、ええ、クラウディアさんが悪い訳じゃありませんから」
強いて言うなら、普段大人っぽいディアのそんな可愛らしい態度に『やられた』クレアが悪い。まあ、そんな態度をしたディアも悪いが。
「それじゃ……ディアちゃん、とか?」
「あ……そ、その……『ディア』は少し……それは親しい男性にしか呼ばせない名前でして……面倒くさくて済みませんが……」
「あー、そうなんですね。だからルディ様しか呼んでないんですか。うーん……それじゃ……クラウディアさんだし……クララちゃん、とか?」
「! い、良いです!! 私の事は是非、クララと! クララと呼んでください!!」
「はいー。それじゃこれからもよろしくですね、『クララちゃん』!」
「は、はい! よろしくです、クレアちゃん!!」
クレアの言葉に嬉しそうに微笑むディア。そんなディアに『良かったですね』と言わんばかりの笑顔を浮かべ、クリスティーナは高らかに。
「これからもクリス、クララ、クレアの三人で仲良く出来ればいいですね……そう、私達、『ククク三姉妹』で!!」
「いや、ネーミングセンス!? ま、まあ別にクリスちゃんがそれで満足ならいいですけど……」
残念なネーミングを付けたクリスティーナに、思わずクレアが突っ込んだが――この後、この学園で『ククク三姉妹』は有名トリオとなっていき、やがて世界を巻き込む事態を引き起こし、後世の歴史書に――悪い意味で名を遺すことを、この時のクレアはまだ知らなかった。知ってたら、もうちょっと格好いい名前を付けたのに。




