第六十七話 美の才能
「そ、それよりも!」
クレアの瞳が闇落ちしたのを察したディアが空気を換える様に明るく声を出す。そんなディアの言葉にどんよりした目を向けるクレアに、思わず『うっ』と息を詰まらせながらも『ディアは強い子負けない子!』と自分を励まし、ディアは言葉を継いだ。
「く、クレアさんはどう思っているのですか?」
「……へ? どうって……何が『どう』なんです?」
「エドガーの事ですよ。ほら、さっき『いけめん』って言ってたじゃないですか! いけめんとはアレでしょう? 見目麗しい殿方の事なのでしょう? どうなのかな~って!」
ディアの言葉に『うーん』と考え込むように腕を組むクレア。
「正直、まだ分からないって感じではありますね。まあ、初対面という事もありますし……」
「そうですよね。で、でも! ちょっとこう……『きゅん』としたりしませんか? あれだけ熱烈なアプローチを受けていたら……」
少しだけ頬を紅潮させてそう尋ねるディア。そんな姿にきょとんとした顔を浮かべて隣のクリスティーナを見れば、同じような顔を浮かべている姿にクレアは『ぴん』と来る。
「……ああ。人の恋路は楽しいですしね~」
ディアやは貴族としても大貴族の令嬢でもあるし、クリスティーナにいたっては王族の直系の姫君だ。当然、権利に伴う責任や義務に関しての認識は同年代の誰よりも高いと言っていい。良いのだが。
「そ、その……私達で集まって話すと、こう……どうしてもルディの話になってしまいまして……ねえ、クリス?」
「ええ。その、楽しいのは楽しいのですが……新鮮さ、という点では、少し。ああ! それがイヤと言っている訳では無いので考え違いなさいませんように、クレア様! 私はルディの事が大好きですので!!」
「そこは別に考え違いしている訳では無いので安心してください」
テレテレとそんな事を言うクリスティーナにクレアは真顔で返す。使えるものはなんでも使うとばかりにルディに執着したクリスティーナが『新鮮さが無いので……少し』なんて言い出した日には頭を強く打ったか、二重人格を疑うレベルでクリスティーナの想いをクレアは信じていたりする。
「……まあ、正直エドワード殿下よりは好感度高いかな~とは思いますよ? 別にエドワード殿下が嫌いな訳じゃないんですけど……ねぇ?」
クレアの言葉に、ディアとクリスティーナが神妙な顔で頷いて見せる。
「初対面の出逢い方が最低ですからね、クレアさんとエドワード殿下は」
「そうですね。エディ、その辺りはしっかり出来る子だと思っていたのですが……なんでですかね? やっぱりクレア様が魅力的だからでしょうか?」
そう言ってじっとクレアを見つめるクリスティーナ。『お人形の様な』と形容されるほど整った顔で見つめられ、クレアは照れた様に頬をポリポリかいて見せる。
「は、ははは~。クリスティーナ様に言われると嫌味かと思っちゃいますよ~? 私なんてその辺の田舎男爵令嬢ですし? この学園には綺麗な人、いっぱい居るじゃないですか~」
これはクレアの謙遜、という訳ではない。まあ、『私なんて~ぜんぜんだしぃ~? 皆の方が可愛いよ~』というポーズも少しはあるにはあるが、基本的に都会にいる女の子の方が洗練されてはいるのだ。特に、ネットだなんだという情報伝達技術の発達していないこの世界では、流行の先端にいるものと末端にいるものでは受け取る情報量は段違い、最新のお化粧も、オシャレなお洋服も、流行りのスイーツだってクレアには分からないのだ。そら、クレアだって気後れはする。そんなクレアに、仰々しく頷いて見せるディア。
「……言い方は悪いですが、クレアさんは『芋っぽい』というものかも知れません」
「……自分でも思っていましたけど、流石にもうちょっとオブラートに包んで頂けると、私も傷付かないんですけど……」
「最後まで聞いてくださいまし。確かにクレアさんに洗練された美、というのはまだないかも知れません。ですが……なんというのでしょうか、『素材』が一流というか……」
「ああ、それは分かります。お兄様が一目惚れしたとか言いだした時には何をトチ狂ったかと思いましたが……クレアさん、本当に綺麗な肌をして――って、え?」
そこまで喋ってクリスティーナは言葉を止めてまじまじとクレアを見つめる。上から、下から、左から、右から、全方位でクレアを見つめて。
「…………クレアさん、もしかしてお化粧、全然していなかったりします?」
衝撃を受けた、と言わんばかりのクリスティーナの言葉にクレアが少しだけむっとして見せる。
「田舎男爵だからって馬鹿にし過ぎですよ、クリスティーナ様」
「も、申し訳ありません! そ、そうですよね? お化粧を――」
「お化粧なんて、学園を卒業してからで十分です! お母様も言っていましたし! 『若い内は化粧なんてしなくて良いのよ~。『若い』のが充分お化粧だから~』って!」
「「……え? マジで?」」
色々と『美』を追求して来たこの二人は、もしかしたら今日一番の衝撃を受けたかもしれない。




