第六十六話 ヒトタラシの才
わちゃわちゃと手を振って弁明を続けるクリスティーナを、じとーっとした目で見た後にクレアは小さく『はぁ』とため息を吐いて見せる。
「……まあ、いいですよ。そもそもクラウディアさんもそうですし……私、人の恋愛の踏み台にされる運命なのでしょう」
「ふ、踏み台など! そ、そんなつもりはありません、クレア様!! お、お兄様は本当に素晴らしい人ですし、クレア様も幸せになれると、本当にそう思っての事ですので!」
「でも、その上で自分の幸せがあるって事でしょう?」
「…………はい」
流石に今更嘘は付けない。そう思って心持しょぼんとするクリスティーナにクレアは微苦笑を浮かべて見せる。
「……冗談ですよ。別にクリスティーナ様を責めるつもりはありませんから」
ひらひらと手を振って見せるクレア。そんなクレアに顔を上げたクリスティーナは少しばかり疑問符を浮かべた顔をクレアに向ける。
「その……宜しいのですか?」
「はい?」
「自分で言うのもなんですが……私は私の欲望のままに……そうですね、クレア様を『利用』しようと思いました。勿論、お兄様はお優しい方ですのでクレア様が幸せになれるだろう、という言も本音ではありますが……」
「ああ、私を『利用』したのに、責めるつもりは無いのか? って話ですか?」
「はい」
「うーん……」
クリスティーナの言葉にクレアは中空を睨んで見せる。それもしばし、クレアは視線をクリスティーナに向ける。
「まあ、別にさして責めるつもりも怒るつもりもないんですよね」
「……なぜ、でしょうか?」
「なぜって言われると困るのですが……私自身、少しでも『幸せ』になりたいと思っているんですよね? だから、その為に使えるものはなんでも使えばいいとは思っているんですよ。そりゃ、犯罪行為とか人の迷惑になる行為はダメですけど……ほら、クリスティーナ様、仰ったじゃないですか? エドガー君と結婚したら私は幸せになれるって」
「はい。その言葉に嘘はありません」
「エドガー君の事はまだまだ知らないことばかりですけど、それでも優しい良い子だとは思うんですよね。イケメンですし、口説かれて……まあ、悪い気はしませんよ」
少しだけ頬を染めて、『まあ、周りの視線で胃が痛いですけど』と言って見せるクレア。クレアとて十五歳の乙女、イケメンに口説かれれば、その気は無くても悪い気はしないのは……まあ、情状酌量の余地はあるだろう。
「だから、クリスティーナ様的には誰かを――私を生贄に捧げて自分が幸せになろうとしている訳じゃ無いでしょう? お互いに取れる利益の最大値を追って、その最大値の中でのベストの選択肢を取ろうとしただけじゃないですか?」
「……はい」
クリスティーナの言葉に、クレアは『にこぱー』と擬音が付きそうな程綺麗な笑顔を浮かべて。
「なら、怒る事はありませんよ! まあ、ご希望に添えるかどうかは分かりませんが……うん、問題ありません!! そもそも私、好きなんですよ! 自分が幸せになる為に一生懸命努力する人! なんか、応援したくなっちゃうじゃないですか!!」
「「……聖人か」」
クリスティーナとディアの声がハモった。クリスティーナが『信じられないモノを見た!』みたいな目をディアに向け、口を開く。
「え? クレア様、聖女様か何かですか? 右の頬を殴られたら左の頬を差し出した上に、人体の全てをタコ殴りされても怒らない系の人なんですか?」
「クリス、言葉遣い。ですが……まあ、クレアさんですもの。私の時もこんな感じでしたし」
一体、何のことですか、と口を開きかけ、クリスティーナは気付く。ああ、そうだ。この目の前の淑女の婚約者が婚約破棄をしたせいか、と。
「……ああ、そう言えばそうですか。言ってみればクレアさん、貴女のせいで今のこの現状ですものね?」
「私のせいではないです。エドワード殿下のせいです」
「遠因は貴女でしょう。ですが……そうですね。それでもクレア様はクラウディアの恋路の手助けをしてくれる、と」
「ええ。だって『友達』ですから」
本当に嬉しそうににっこりと微笑むディア。いつも公爵令嬢としての笑顔を張り付けていたディアの、年相応の笑顔に思わずクリスティーナは息を呑み、その後ゆるゆると飲んだ息を吐きだした。
「……そうですか。貴女にそんな顔をさせるとは……羨ましいですね」
「いいでしょう? 貴女もお願いしてみたらどうですか? エドガーは既にクレアさんのお友達でしょうし……兄妹揃ってお友達、良いじゃないですか」
「……そうですね」
ディアの言葉にクリスティーナは少しだけ緊張した面持ちで、クレアに向き直る。クリスティーナとしても、この天真爛漫な少女ともう少しだけ、近しい立場になりたくなって来た。
「あ、あの……クレア様? で、出来れば、その……わ、私ともお友達に……な、なってくれないでしょうか?」
「はい、ありがとうございます! こんな私で良ければ、是非!!」
そう言って差し出されたクレアの手を、少しだけ恥ずかしそうに握り、その恥ずかしさを誤魔化す様にクリスティーナは軽口を口にする。
「あら? スモロア王国の一の姫である私がクレア様とお友達になりたいと思ったのですよ? そんな貴女が、『こんな』とはどういう事ですか? 胸をお張りになってくださいまし」
『そうですよね~』という苦笑がクレアから飛び出す、或いは『わ、わわわ! そ、そういう意味じゃないですよ~』みたいな慌てた顔が見れると、クリスティーナは思ったのだ。
「――この国の第二王子と他国の王子様と近衛騎士団長と宰相閣下の息子を手玉に取ってる悪女って呼ばれてますからね、私。クラスでも学生寮でもゴリゴリに浮いていますし……そんな私でも良ければ是非、って思ってしまいますよ?」
目が笑っていないクレアの視線に、クリスティーナはそっと視線を外した。ダメだ、クリスティーナ。それはクレアの地雷だ。




