第六十五話 あり得る未来
「る、ルディをシェア!? あ、貴女、何を言っているのですか!? 貴女はルディの事、大好きでは無かったのですか!? そんな貴女が、ルディを、ルディの心を誰かに分け与えることに寛容になると……そ、そう言うのですか!?」
思わずガタン、と音を鳴らして椅子から立ち上がるクリスティーナ。そんなクリスティーナにきょとんとした顔を浮かべて、ディアは首を傾げる。
「いえ……それは確かに、ルディの心が私だけに向いているというのは考えるだけで甘美な話ではあると思いますよ? ですが、クリス? よく考えて下さい? ルディですよ? そりゃ、私がルディの奥さんになれば私の事を愛してくれるでしょう。ですが」
あのルディが、私だけに愛を与えて満足するはずがない、と。
「……浮気をする、と?」
「いえ、そうではありませんが……ですがね? ルディが信頼しているメアリさんに『私の旦那様だからメアリさんとはもう逢わないで!』と言えますか、貴女?」
「……それは」
「ルディの事ですもの。陰に日向に私たちの事を心配するに決まっています。勿論、これは貴女がルディと結婚したとしても、ですよ? きっと、自分の弟に入学式でこっ酷くフラれた可哀想な令嬢という事で、ルディはずっと私の事を気に掛けてくれると思うんですよね。だって」
ルディは優しいから、と。
「……それは……まあ、確かに」
「そもそも重婚に罰則規定はありませんしね。私と結婚するという事は、ルディは国王になるという事です。国王、王族の一番の仕事はなんですか? 善政を布く? そんなもの、宰相に任せておけば宜しい。戦争に勝つ? そんなもの、軍部に任せておけば宜しい。別にルディがしなくても、アインツが、クラウスがするでしょう。ですが、一点、国王陛下の――『ルディの子供』という、ルディの血を引く人間を後世に残すこの『仕事』は、ルディにしか許されません。結局」
王族の一番の仕事は、血のプール。
「肌馬は何頭居ても構いませんし……メアリさんやクリスなら、その点で『安心』ですしね」
「……安心?」
「ええ。だって貴女、ルディ以外と『そういう事』出来ます? ああ、この言い方は正しくないですね。貴女も王族、必要であれば蛇蝎の如く嫌う相手の嫁になり、その肌を許し、子供を孕むでしょう。ですが、『出来る』と『したい』はまた別でしょう? ルディ以外に、そういう事、『したい』ですか?」
「……死んでも御免ですね」
「でしょう? 私もそうですし、メアリさんもきっとそうでしょう。まあ、人の気持ちはなんとも言えませんが……それは置いておきます。だとしたら、ですよ? 貴女方が『ルディの奥さん』というのはすこぶる都合が良いのですよ。浮気をせず、ルディを愛する奥様は、正直何人いても良いんです、現実的に。私が何人も子供を産めれば問題は無いのかも知れませんが……保険は大事ですし」
「で、でも……そ、それって……」
「……まあ、何にも感じないというのは無理な話ですよ、それは。叶うならルディには私だけに愛を囁いて欲しいとは思います。誰かの元に行っていると思うと、それはもう、嫉妬に狂うでしょうし。ですが……それが貴女達なら、私は全然我慢が出来る」
「……」
「クリスはどうですか? 貴女、我慢出来ないですか?」
「わ、私は……」
「楽しくなかったですか? 『ルディ様ファンクラブ』で皆でわいわいしている時。あんな感じが、毎日続くのはまあ……悪い気はしないと思いませんか? 私、貴女となら仲良くやっていけると思っているんですけど、幼馴染?」
ディアの悪戯っ子の様な笑顔に、クリスティーナは思わず押し黙る。
「……なるほど。ルディを王位に就けた方が、『幸せ』になる女性が増える、と」
「スモロアの妹姫の元では側室は難しいかも知れませんが、国王ともなれば普通の事でしょう?」
そう言って、ディアは紅茶を一口。
「……こうすれば、ルディを引きずり込めるとは思いませんか?」
「引きずり込む?」
「『輪』の中に。一人、『お兄ちゃん』を気取っていたルディを、誰よりも大人で、誰よりも優しく、誰よりも優秀だったルディを、『傍観者』なんかじゃなく、真の意味での『仲間』として」
「――っ!」
ディアの考えは、クリスとは真逆。ルディが国王になることで『孤立』を考えたのがクリスで。
「――傍観者なんて、認めてあげない。私一人の力で足りないなら、メアリさんの力も、クリスの力も借りて――絶対に、ルディを『仲間』にして見せる。本当の意味で、誰にも『遠慮』なんかしなくていい様に……絶対に、ルディを、輪の中に引きずり込んでやるんです」
決意に籠った瞳を向けるディアの視線に、しばし呆然と見つめるクリスティーナ。どれくらい、そうして居たのか。
「……ふふふ」
「どうしました?」
「いえ……そうですね。確かに、クラウディアの言う通りだな、と」
「でしょう? そもそも貴女、別に同担拒否勢じゃないでしょう?」
「それはもう。だってファンクラブのスモロア支部長ですもの。同担オッケー、むしろ魅力を語りあかそうという話ですらあります」
「でしょう? もし、ルディが王位に就き、そして私たちの考えを認めてくれるのであれば」
ずっと、そんな生活が出来ますよ?
「……一つだけ、問題があります」
「なんでしょうか?」
「流石に私、スモロアの姫ですので、側室扱いは厳しいかと」
「ああ、それは確かに。ですが、我が家も側室ではいい顔をしないでしょうし……まあ、そこはルディに決めて貰いましょうか?」
「ああ、それはいいアイデアですね。言いましょうか、二人で? 『どっちの方が好きなの!?』って」
「メアリさんも居れて三人ですね。正室にはなる気は無いでしょうが……愛されている勝負なら負ける気は無いでしょうし、彼女も」
「そうですね。強敵ですわ」
そう言ってクリスティーナは笑う。ディアの提案は、なんとも幻想的で、なんとも幼稚で、なんとも穴だらけで。
そして、なんと甘美な事か。
「ああ……楽しい」
そんな未来が来れば、どれほど幸せかと、クリスティーナはまだ見ぬ――でも、何時かは絶対実現させて見せると思ったその未来を夢見て。
「――なんか楽しそうな話してますけど……私、あんまり納得いってないんですけど? なに二人で世界を作ってるんですか?」
背けていて現実に目を向けて、慌ててクレアに平謝りをして見せた。




