第六十話 コスト・パフォーマンス
クリスティーナの落とした爆弾。その爆風は凄まじく、ディアはその爆風によって心を吹っ飛ばされていた。クレアも同様、ポカンとした目でクリスティーナを見た後、恐る恐るディアに視線を向けて。
「……え? く、クラウディアさん? な、なんですか、これ? クリスティーナ様、私の事、嫌いなんですか?」
「……へ? え、ええ!? な、なんでですか!? なんで『嫌い』なんて事になるんですか!? 嫌いな人に、自分の兄を薦めるって私、だいぶサイコパスじゃないですかぁ!?」
クリスティーナに動揺が走る。クリスティーナ的にはよかれと思って――マジで優良物件として薦めたのだ。ヤラシイ話、エドガーは王子様で次期国王陛下である。他国というハードルはあるも、それでもラージナル王国の一般の貴族令嬢からしてみたら垂涎の超優良物件なのだ。しかも、恐らく面倒くさくなるであろう『嫁・小姑』問題もクリアなのである。姑に関してはクレアの努力によるが、クリスティーナだって手を貸さないつもりは無いのだ。なのに、である。
「いや、クリス? よく考えて見なさい。今のクレアさんの現状を。今日一日、クレアさんに流れていた評判、聞いていませんか?」
「評判? そんなものが?」
「ええ」
一息。
「『第二王子にプロポーズされて調子に乗ってる』とか『第一王子が『オトモダチ』なんだって。どんなお友達なのかしらね?』とか『近衛騎士団長、宰相閣下の御子息二人を侍らせて、良い気になって』とか『あらあら、今度は他国の王子様ですか? お盛んな事で』とか――」
「――待ってください、クラウディアさん。その評判は私に効く」
「ともかく! そんな風評被害にあっているクレアさんに、噂の原因である自分の兄を薦めるとは……どんな神経をしているのですか、クリス。貴女、人の心とか無いんですか?」
ジトーっとした目でクリスティーナを見るディア。そんなディアの視線に、クリスティーナは首を捻って。
「え? それ、必要なコストじゃないですか?」
人の心とか、無かった。
「こ、コストって……」
「まあ、第二王子がどうとか、第一王子や近衛騎士団長や宰相閣下の噂までは私の与り知らないところですので何とも言えませんが……でも、ですね? 王太子の婚約者ですよ? ある程度、悪評――というと語弊がありますが、まあやっかみを受けるのは当然でしょう? クレア様は……誤解されないでね? 男爵令嬢で決して爵位の高い令嬢である訳ではないでしょう? 嫉妬ややっかみを受けるのは当然と言えば当然でしょう?」
心底、分かんないと言わんばかりのクリスティーナの言葉に、クレアが取り乱した様にディアを見やる。その目に浮かぶのは明らかな困惑の色だ。
「え、え? これ、私がおかしいんですか、クラウディアさん?」
「あー……まあ……クレアさんがおかしい訳では無いですが、クリスも決して間違って無いというか……」
言い淀むディア。ディアだって、『次期国王の妃』という事が内定した段階で称賛と憧憬、それ以上の嫉妬と陰口に悩まされたものだ。まあ、ディアの実家は国一番の公爵家であり、面と向かって文句を言ってくる人間はいなかったが、クレアの場合、後ろ盾が無いのである。当然、やっかみを直接ぶつけられる可能性はディアより高い。
「ですが、今回は私が全面的にバックアップして、お兄様との仲を取り持って差し上げます!! 安心してください、クレア様! クレア様に仇なすということはそれ、即ちスモロア王国に仇なすも同義!! お兄様の妹として、スモロアの姫として、クレア様の『敵』は叩き潰して差し上げましょう!」
そう言って胸を張るクリスティーナ。そんなクリスティーナに、クレアは困惑の色そのまま、口を開く。
「い、いえ、ですが……その、すみません、クリスティーナ様。私別に、王太子妃とか無理って言いますか……ぶっちゃけ、全然成りたくもないっていうか……ノーセンキューっていうか」
確かにクリスティーナの言う通りである。『王太子妃』とは後の『王妃』であり、その国に生きる貴族女性の頂点に立つ、という意味だ。愛だ、恋だという意味では頂点では無いかも知れないが、それでも絶大な権力者ではある。そんな垂涎の地位を手に入れた人間に、『やっかみ』が起きるのはある意味当然であり、そんな権力を手に入れる以上、払うべき必要経費であると言える。言えるのだが。
「そもそも私、一人娘なので婿取り必至なんですよ。じゃないとレークス家、無くなっちゃいますし……」
それはコストに見合うパフォーマンスの場合だ。クレアにとって『王妃』になって王城でヲホホと笑うなんて堅苦しい事はしたくないのである。絶大な権力も別にいらないし、強いて欲しいものを上げるのであれば、ド田舎のレークス領でも文句も言わずに来てくれて、優しい純朴な婿殿だ。まあ、本来王妃よりは格段にイージーモードの筈のその希望は、残念ながら今のクレアにとって超ベリーハードモードだが。
「ふむ……王妃はお嫌、と」
「ええ。折角のお言葉ですが……すみません。それに……」
そう言ってちらっと視線をディアに向ける。
「その……今、ちょっとややこしいっていうか……クラウディアさんの手助けをしたいって言うか……まあ、そういう状況なんです。此処で私がその……エドガー君と、こう……そうなると、不味いと言いましょうか……お友達ですし、クラウディアさん」
クレアとて一度乗り掛かった船だ。此処で簡単にディアを見捨てる選択肢はない。そんなクレアの言葉に、ディアはキラキラとした目を向ける。
「……クレアさん……! ええ、ええ! そうですね! 聞きましたか、クリス!! 私とクレアさんは固い友情で結ばれているんです!! そんな王妃なんて言葉で、私の大親友のクレアさんが釣られると思ったら大きな間違いで――」
「それじゃ、クレア様の悪評を取り除くって言ったらどうでしょうか? その代わり、お兄様とお付き合いする。これなら、コストに見合うパフォーマンスではないですか?」
「え? なにそれ詳しく」
「――大親友!?」
こっちのコスパは良いのである、クレアにとって。




