第五十五話 あれ? これ、チャンスじゃね?
「あ、お兄様。探しましたよ? 何処に行っていたのですか? 職員室に行くと言っていたので職員室に行ったのにおられないし……って、お兄様? なんです、その袋?」
職員室に向かい、そこの教員から『エドガー殿下? もう既に職員室は出られていますが……』と言われたクリスティーナは慣れない学園を一人、エドガー探索を行い、ようやく中庭で件のエドガーを発見。少しだけ呆れながらエドガーに声を掛けると、そこにはどこを見つめているのか、焦点のはっきりしないエドガーの姿があった。手の中にはクッキーの袋がある。
「……クッキー、ですか?」
マジマジとエドガーの手の中のクッキーを見つめた後、クリスティーナは視線を上に、具体的には兄の顔に向けて。
「……おうふ。どうしました、お兄様? そんな熱にうなされた様な顔をして」
心持頬を上気させた兄の顔を見た。瞳に色気すら見せながら、中空の一点、『そこ』にまるで意中の女性が居るかの様な熱い視線に、少しばかり引いた態度でクリスティーナは問いかける。そんなクリスティーナに、エドガーは熱にうなされたままで。
「――天使に出逢った」
「…………は? お兄様、ボケました? 若年性のアレですか?」
辛辣な言葉が飛び出した。クリスティーナのその言葉に、少しばかりむっとした表情でエドガーはクリスティーナに視線を向ける。
「ボケてなんてないよ、クリス。僕は本当に、天使に出逢ったんだ」
「いえ、真顔でそんなボケをかまされましても……」
「だから! 別にボケた訳じゃないよ! 僕は本当に天使に――天使の様に優しい女の子に出逢ったんだ」
「……はぁ。天使の様な女の子、ですか……」
胸元にぎゅっとクッキーの袋を掻き抱き、嬉しそうに微笑むエドガー。今まで見た事のない様な――ほんの幼いころには見た事があり、最近ではとんと見る事のない、その嬉しそうな顔にクリスティーナは曖昧に返す。が、それでは少しばかりこの嬉しそうな兄に申し訳ないと思い、クリスティーナは言葉を続ける。なんだかんだ、ちょっと気にはなるのだ、クリスティーナも。
「それで? その『天使の様な女の子』とはどんな子ですか?」
クリスティーナの言葉にエドガーは嬉しそうに微笑んで口を開く。
「まず……とっても可愛くて!」
「ふわっとしてますわね。可愛い、とは具体的にどんな感じの可愛さなんですか?」
「髪型は、ピンクの髪色のボブカットで」
「ふむ」
「つやつやな唇に、瞳が大きくて」
「ほう」
「一目で目を引く美少女なんだ!」
「……うん?」
ピンクのボブカットに、つやつやな唇、それに大きな瞳。なんか、どっかで聞いたことのある情報だ。
「それに、物凄く優しくて……僕が少し落ち込んでいたんだけど、それを慰めて……ではないか。でも、なんていうのか……下手に慰めるんじゃなくて……寄り添う……うん! 『寄り添う』だね! 寄り添う様な、優しい言葉と笑顔で!!」
「……あれ?」
あれ? これなんか、聞いたことある。クリスティーナはそう思い――そして、もう一度エドガーの胸元に抱かれる袋に視線を向ける。
「確認なのですが……今、お兄様が胸に抱いている袋の中身は」
「クッキーだよ!!」
「……」
あー、とクリスティーナは思う。この話、絶対一回聞いた事あるやつだ、と。
「……重ねて確認なのですが……お兄様、その女性のお名前はお聞きになられましたか?」
クリスティーナの言葉に、エドガーは満面の笑みで。
「クレア・レークス嬢って言うんだ!!」
「……おうふ」
当たって欲しくない事実にぶち当たった事に、クリスティーナは思わず頭を抱える。違ってくれ、と心の何処かで願ったのだが、残念ながら現実は非情である。
「あれ? どうしたの、クリスティーナ? 頭なんて抱えて? 頭痛いの? 保健室、行く?」
「……行きません。保健室では治らないですので」
クリスティーナだって言いたい。『お兄様が恋した少女、この国の完璧王子が一目惚れした子ですよ!』と、真実を告げてしまいたい。でも、だ。
「……圧倒的に分が悪いです」
能力的には『普通』のエドガーと、『完璧王子』のエディだ。エドガーだって、そこまで悪くは無いのだが、いかんせん、相手がエディでは流石に分が悪い。この兄の恋が実る可能性は著しく低く――そして、それで落ち込んでしまう兄の姿を見るのは流石に不憫だ。
「……お兄様? 良いですか? 冷静に聞いてください」
「え? なに?」
ならば、この兄の傷が少なくなるよう、なんとか兄の恋を諦めさせよう。そう思い、クリスティーナは口を開きかけて。
――その時、クリスティーナの頭脳に電流が走る!
「――その出逢いは運命です! お兄様、絶対にその女性をモノにしてください!!」
あれ? これ、チャンスじゃね? と。
「ぶっ! も、モノにって……何言ってんの、クリス? そんな、モノにするとか……そもそも、彼女は物じゃないし。だ、だいたい、クリスは逢った事も無いのに――」
「大丈夫です!! 逢った事はなくとも分かります!! お兄様が愛した女性なら、それはきっと心の清い、素晴らしい女性でしょう! 私も『義姉』として慕います!! なので、お兄様、必ず、その女性を――」
『モノ』にしてください、と。
「……ふふふ!」
きょとんとするエドガーをしり目に、クリスティーナはとても、とてーも悪い顔を浮かべていた。




