第五十二話 王にしちゃ、ダメな男
立ち上がり、びしっとエディを指差して『却下! 却下ー! きゃっかーーー!!』と騒ぐクリスティーナ。そんな姿にため息を吐き、エディは椅子に座る様に促す。がるる! と言いそうなクリスに少しばかり身の恐怖を感じつつも……それでもエディは『王太子』の顔を覗かせる。
「……それ以上は内政干渉だぞ、クリス? ラージナルはスモロアの属国か何かかと勘違いをしているのか? 今なら、幼馴染の誼という事で冗談にしてやるが?」
そんなエディに、クリスティーナは『がるる』状態を解除すると『すん』とした表情を浮かべて見せる。こちらも、『姫』の顔だ。
「……別に冗談で言っている訳ではありませんし、内政干渉もするつもりもありません。勿論、属国だと思っている訳でも。ただ、少しばかり『オハナシ』をしませんか、という話です」
「……お前の『オハナシ』とか怖すぎるんだが」
「クラウディアに比べればマシでしょう?」
クリスティーナの言葉に肩を竦めて見せるエディ。仰る通りだ。
「それで? どんな『オハナシ』だ?」
「ラージナル王国の政情は現状、安定しています。これはアベル陛下のご威光と善政、優秀な王城スタッフの力が大きいでしょう」
「ありがとう、と言っておこう」
「そして私が知る限り、この国はエディ、貴方を次期トップに据える為に動いているといえるでしょう。そんな中でルディが王位に就く?」
はぁ、とため息。
「……勘弁してください。貴方をトップにするために整えられているこの国で、トップ候補が急に変わるんですよ? そして、そこには『利権』が絡む。今の体制であまり良い想いをしていない人は、こぞってルディに擦り寄るでしょう。エディを支持していた人はそんな状況、面白いと思います? 面白い訳がないですよ。そして、出来るのはルディ派とエディ派、二つの派閥が起こる」
「……」
「人が三人以上集まれば、派閥は絶対に生まれます。折角、『エディ派』で纏まったこの国が二つに割れるのですよ? 間違いなく、騒乱の元でないですか」
「……そうならない様に巧く立ち回るさ」
「無理ですよ。ああ、これはエディに能力が無いといっている訳ではありません。良いですか、エディ? 『神輿』というのは担がれているからこそ、価値があるんです。神輿が自分の意思を持ち、神輿自体が勝手に動き出したらどうなると思います? そんな神輿」
捨てられるに決まっている、と。
「……担ぐべき神輿を自身で破却するか?」
「しますよ。ウチだってそうですが、ラージナルだっているでしょう? 本当に血がつながっているのかも怪しいくらい、血の薄い『王位継承者』が。野心のあるものならこの機会にその神輿を担ぐんじゃないですかね? 少なくとも、私ならそうしますし。ルディが王位に就けばエディ派なんて冷や飯食らいですし? 後がないなら一縷の望みに掛ける、というのはまあ、生物の生存本能として理解できますし」
「……まあな。だが、それはスモロアにとっては美味い話ではないのか? 我が国が騒乱になり、国が二つになる事態になれば――」
切り取り放題だろう、と。
「……まあ、ある程度の利益は有るでしょうね。ですが、どうしたって戦争というのは大地が『荒れ』ますので。荒れ果てた大地を取得出来たとしても、復興支援で足が出ます。貰うだけ貰って放置、というのもあまり気が進みませんし」
「人道的な話な事で」
「違いますよ。何言ってるんですか。疫病と治安の維持が難しくなるからに決まってるじゃないですか」
エディの言葉にノータイムでそう返し、クリスティーナは紅茶をもう、一口。
「そこまで行かなくても、国土が荒れたラージナルから難民が逃げてきて貰っても困りますしね。国境で全てを締め出すという訳にも行かないですし」
「今度こそ、人道的か?」
「まさか。世評に与える影響が怖いだけです。助けを求めた人を無慈悲に国境越しに追い払ったら、イメージ悪いでしょう? この世界に国がウチの国と貴方たちの国だけなら、躊躇なく実行しますよ」
だって云うのに、難民受け入れても他所の国、支援もしてくれないし、と不満そうにそう言ってクリスティーナは紅茶をもう一口。
「……色々言いましたが……スモロアがルディの即位を望まず、エディの即位を望むのはこれくらいです。今は大陸も安定していますし、あんまり問題を起こして貰っても困るんですよ。自分たちばっかり良ければ良いとか思わないでくださいません?」
「典型的なお前が言うな、だな?」
「まあ、私も勝手な事を言っている自覚はありますので参考意見程度に聞いて貰えればいいです。内政干渉なんてめんどう――コホン、独立国家にあるまじきこと、私もしたくはありませんし」
「おい、今本音出てたぞ?」
「面倒くさいのは面倒くさいですし。そもそもですね? この辺がまるっと上手く収まって、仮にルディが王位に就いたとしますよ? あなた方、ホントに良いんですか? ルディに王位を継がせて」
「……どういう意味だ? クリス、お前はまさか兄上が王の器ではないと抜かすつもりではないだろうな?」
剣呑としたエディの視線に、『これだから』と馬鹿にした様に嘆息してクリスは口を開き。
「――器云々はともかく……ルディだけは絶対、王にしてはいけないと思いますよ、私?」




