第五十一話 却下! 却下です!!
「……私が何を言いたいか分かりますか、エディ?」
クリスティーナが猛獣の様な目をした翌朝。朝っぱらから朝駆け上等と言わんばかりにエディの部屋を『襲撃』したクリスティーナに、エディは寝間着姿のままでため息を吐いて見せる。
「……まず、朝の挨拶からしないか、クリス? というかだな? まだラージナル来訪の挨拶もしていない気がするんだが?」
「それは貴方が昨日公務だったからでしょう? でもまあ……そうですね、お久しぶりです、エディ。ますます男ぶりが上がったみたいですね?」
「ありがとう。そして、こちらこそ久しいな、クリス。君も相変わらず美しい」
「でしょう?」
「……普通、そこは謙遜しないか? 肯定するか、普通?」
「貴方だって否定しなかったじゃないですか。それに……私は、自身の『美』に関してはある程度以上に気を使っておりますので。愛するルディの為に」
「……はぁ。分かった、分かった。それで? クリスは私に何を言いに来たんだ? と、いうかだな? まだ朝も早いんだ。学校に行ってからでは駄目なのか?」
「あら? これは変な事を言いますね? 良いのですか? 私、これでも気を使ったのですよ?」
「気を使った?」
「ええ。聞きましたよ、エディ。貴方――」
――クラウディアとの婚約、解消したらしいですね? と。
「……その話か」
クリスティーナの言葉に渋面を浮かべるエディは小さくため息を一つ。
「……まあ、確かに学校でする話では無いな」
「ええ。クレア・レークス……と言いましたか? その子の迷惑にもなるでしょうし」
「耳が早いな」
「優秀な諜報員がいますので」
アンネの事である。アンネ、あの後ほぼ徹夜でラージナル王城を駆けずり回って情報収集してきたのだ。変わったとはいえ、クラウディアはお姫様。ある程度、心根は我儘なのである。まあ、アンネ自身もこれぐらいの主の我儘は可愛いものだと思っているので、大した問題では無いのだが。なんせ可愛い姫様の乙女の一大事なのだ。
「……それで? クリスが俺に言いたいこととはなんだ?」
「クラウディアの事です」
エディの渋面がいよいよ渋くなる。エディとクリスが幼馴染であるのと同様、クリスとディアも幼馴染なのだ。しかも、同性同士という事で仲も良い。
「……クラウディアの事は悪かったとしか言えない。彼女を傷つけ、彼女に恥を掻かせた事に関してはどう申し開きしても私のミスだ。その点に関しては償うし……君の大事な幼馴染を傷つけてしまった事もあやま――」
「――は? 違いますよ」
「――る……ち、違う?」
「違うに決まっているじゃありませんか。エディに婚約破棄されてクラウディアが傷付く? 傷付くわけ、ないじゃないですか。あの子、狂喜乱舞に決まっているじゃないですか。まさかとは思いますが貴方、クラウディアを振ったら傷付かれると思えるほどクラウディアに好かれていると思っていたんですか? え? ええ? ちょっと信じられないんですけど? 頭、大丈夫ですか?」
「……思ってねえよ、ドチクショウが! 知ってるよ!! クラウディアがずっと兄上の事が大好きだったことも、そのせいで私の事を毛嫌いしているのも!!」
エディの絶叫が室内に響く。そんなエディの声を涼しい顔で聞き流し、クリスティーナは用意されたカップに口を付ける。
「クラウディアが恥を掻いたのは確かにそうでしょうが……あの子、そんな事気にする子じゃありませんし。むしろ、あれぐらいの『恥』でルディが手に入るのであれば、彼女にとっては必要経費でしょうし」
そもそも後ろ盾のメルウェーズ公爵家がきちんと『けじめ』を取るでしょうし、と小さく笑いながら呟く様にそういうクラウディアに、エディも寝ぐせの付いた頭をくしゃと手でつかむ。
「……まあな。別に私に婚約破棄されたぐらいでクラウディアが傷付くとは私も思ってない。実際、クラウディアに言われたし」
「なんと?」
「グッジョブ。よくやった」
「……言いそうですわね」
親指を『ぐっ』と立ててイイ笑顔をするディアの姿が、クリスの脳内に現れて消えた。無論、本人はこんな事も言ってないし、こんな行動もしていないが、それに類似するような行為はしているので、当たらずとも遠からず、という所だ。
「それに……メルウェーズ家への『賠償』に関しても一応、考えはあるしな」
「考え?」
「ああ。クリスも知っているだろう? クラウディアの婚約者――というより、メルウェーズ家の婚約者だな。メルウェーズ家の婚約者は別に私ではない。メルウェーズ家の婚約者は『次期国王』なだけだ。つまり、私が国王レースから降りれば――」
「却下です」
「――王位は兄上に……な、なに? きゃ、却下?」
「却下です、却下に決まっています。却下以外、あり得ません! 良いですか、エディ? 貴方はさっさとクラウディアに頭を下げて王位を継ぎなさい。そして、クラウディアを嫁に貰って下さい。それで万事解決です!」
「いや……お前、何言ってんだ?」
混乱するような目を向けるエディに、クリスは堂々と胸を張って。
「――当たり前じゃないですか!! そんなことしたら、私のルディ、クラウディアに盗られちゃいます!! そんなの、私が認める訳ありません!!」
「……ああ、そうだな。そうだったな。お前、昔は本当に我儘放題のお姫様だったな」
清々しいまでに自分の事を言うクリスティーナに、『ああ、やっぱり三つ子の魂って百までなんだな~』なんてしょうもないことをエディは考えて、一人ため息を吐いた。




