第四十九話 彼女が彼を好きな理由
「……ふう。今日は中々、実りのある一日でした」
「お疲れ様でした、クリスティーナ様」
ラージナル王国王城の一室、クリスティーナの為に用意されたその部屋で、部屋着に着替えたクリスティーナはポンとベッドに寝転がる。一国の姫君たるクリスティーナのその態度はあまり褒められたものではないが、此処にいるのはクリスティーナとその侍女――ラージナル王国行きを、引いてはルディに逢うための壮絶な死闘を勝ち抜いた歴戦の猛者であるアンネの二人きりだ。
「そうですね。少しばかり疲れました。アンネ、紅茶を淹れて下さるかしら?」
「この時間から、ですか? あまり推奨しかねますが……」
「まだ寝るには早い時間ですよ?」
「ですが……長旅でしたし」
普段の就寝時間よりは少しばかり早いも、それでも長旅の後だ。加えて明日は学園初登校の日でもある。侍女としては、この敬愛する主を完璧な姿で送り出し、『流石、スモロア王国の姫君!』という評判を搔っ攫って欲しい所でもある。そんなアンナの諮詢を見抜いたか、クリスティーナはパチン! と自身の前で手を合わせて見せた。
「おねがいです、アンネ! 一杯だけ、一杯だけですから! それを呑んだら寝ますので、一緒にお茶でもしませんか?」
「……はぁ。特別ですよ?」
クリスティーナのその仕草に苦笑を浮かべ、アンネは紅茶の用意を始める。なんだかんだ、主大好きのアンネはクリスティーナには甘かい。それを分かって、おねがいするクリスティーナもクリスティーナだが。
「……そもそも、それなら『命令』をして下されば宜しいのに。私は侍女ですよ、クリスティーナ様?」
そんなアンネの言葉に、クリスティーナはイヤそうな顔を浮かべ、同時にアンネは苦笑を浮かべて見せる。
「……分かっている癖に。アンネのイケず」
「これはこれは、大変失礼致しました」
「……思ってもない癖に」
クリスティーナの言葉にクスクスと笑いながら紅茶の準備をし――そして、アンネは思い、口を開く。
「……あの時、ルディ様にお逢いして良かったですね、クリスティーナ様」
「……本当に。貴方にも随分と迷惑を掛けましたね」
「そんな……まあ、然程迷惑とも思っていませんよ。仕えるべき主が『我儘』なのは良くある話ですし」
六歳でルディに逢うまで、クリスティーナは『典型的なお姫様』だった。
我儘は言い放題。
自分の思い通りにならなかったら、泣き叫ぶ。
それでも讒言する侍女には『クビにして!』と父王に頼み込む、所謂典型的な暴君だった。幼いころからクリスティーナに仕えているアンネも、このクリスティーナの我儘には随分と手を焼かされたものだったのだ。
そんなクリスティーナが変わったのは六歳、ルディに初めて出逢った時だ。優しくエスコートをしてくれるルディに、『王子様だ!』と瞳をキラキラと輝かせて、『私のお婿さんにしてあげる!!』と宣ったのだ。
「……穴があったら入りたいですわ」
当然、ルディは苦笑を浮かべながら『それはちょっと考えさせてね?』と優しく断ったのだ。そんなルディを見て、我儘放題好き放題、悪役令嬢もかくやと言わんばかりの暴君であったクリスティーナは泣き叫んだ。ルディに掴みかからんばかりの勢いで突進していき、そんな彼女の犯行現場を取り押さえた侍女に『クビよ!!』と叫んだ。そんなクリスティーナをルディは優しく諭したのだ。曰く、『自分に出来ない事をしてくれる人には敬意を持って接しなさい』『自分の事を体を張って止めてくれる人を遠ざけていたら、誰も近くに来てくれなくなる』と。
「入る必要はありませんよ、クリスティーナ様。その日から、貴方は変わったではありませんか」
最初は『ルディに気に入って貰う!』という打算的な考えだった。我儘な子はルディは嫌いかも知れないから、我儘も我慢した。ルディがそうしていたから、侍女や料理長に『ありがとう』と言ってみた。そうしたら。
「……皆の器が大きかったからですわ。我儘放題だった私を、暖かく迎え入れて下さったのですから」
最初こそ、いつもの気紛れかと思っていた王城の使用人も、『おいしいですわ! 料理長、いつもありがとう!!』とか『今日もありがとう! 明日もよろしくね!!』とかいうクリスティーナの姿にすっかり絆された。クリスティーナもクリスティーナで、皆が段々優しくなっていくのが嬉しかった。運の要素もだいぶと強いが、それでも確かにクリスティーナの態度は一変したのだ。スモロア王城のごく一部で、ルディの評判が異常に高いのはこの辺りが原因だったりする。
「……だからこそ、クリスティーナ様には是非ともルディ様を連れて帰って貰いたいものです」
ルディに感謝をしているのもある。あるがしかし、スモロア王城の使用人は、この、昔は我儘だった小さな姫の初恋をなんとか叶えてあげたいと思う様になっていたのだ。
「――任せてください、アンネ。必ず……この三年で、私がルディをスモロアに連れて帰りますので」
そう言ってにっこりと笑うクリスティーナの目は、愛らしい顔に似つかわしくない、肉食獣の目だった。




