第四十七話 ルディ様ファンクラブ、スモロア支部長
「失礼しま――あら? これは珍しいお客様ですね」
『分かりました……分かりました!! これしか、私が幸せになる方法はありません!!』と拳を握って『ルディを王位に就けよう』の会に参加することになったクレアに、仲間が増えた事でニコニコ笑顔を浮かべて王城のメアリの部屋に遊びに来たディアは、室内で優雅に紅茶を飲む女性にさっとカテーシーをして見せる。
「……今更、そんな事は不要ですクラウディア。私と貴方の仲じゃありませんか」
「……そうですね。では、いつも通りクリスと呼ばせて頂きます」
「はい、どうぞ。ああ、メアリさん? クラウディアにもお茶を頂けますか?」
「はい、畏まりましたクリス様」
「……貴方ね? メアリさんは貴方の侍女無いのですよ? なにナチュラルにメアリさんにお茶をお願いしているんですか」
「クラウディア様、私は構いませんから」
そう言って苦笑を浮かべてメアリが紅茶を淹れると、ディアの前に置く。そんな仕草に一礼し、ディアは紅茶のカップに口を付けた。
「……それで? クリスはまたどうしてメアリさんの所に? 留学するという話も突然でしたし……目的はなんですか?」
「分かっている癖に。それは当然この――」
クリスは一冊の本を手に取って高々と上げて見せる。
「『ルディ様と敵国の姫君』の最新刊を入手するためです!」
「……相変わらずですね、貴方も。リアさんの作品ですよね?」
「そうです! この作品を手に入れるのと、近々発売されると噂の『一分の一ルディ君フィギア』を手に入れるのが主目的ですね。まあ、完成までもう少しと伺いましたが……三年もあれば完成しているでしょうし」
「……留学は?」
「おまけ、ですね。ああ、ルディの側に居られるという事ですし、もしかしたらそちらが主目的かも知れませんが」
そう言ってコロコロと笑うクリスティーナ。初っ端の結婚発言で分かるだろうが、クリスもルディ様ファンクラブ会員であり……スモロア支部の支部長だったりする。
「スモロアでもルディの人気は相変わらずですか?」
「ええ。特に王城の私付きの侍女と、お兄様付きの侍女の間では」
「それは重畳です」
クリスティーナの言葉に、ディアの顔に満面の笑みが浮かぶ。ルディ大好きっ子であるディアからしてみたら、ルディのファンが増えるのはあまり好ましくはないが、それでも自身の想い人が正当に評価されているのは嬉しいのだ。特自虐癖のあるルディだからこそ、というのもあるのだが。
「まあ……入学式に間に合わなかった理由の一つでもありますが」
「……そう言えば入学式にはいらっしゃいませんでしたよね? 理由の一つとは?」
「……私付きとお兄様付き侍女の間で揉めまして……誰が、私達について行ってルディに逢うかで……」
「……なんというか……」
酷い職場放棄である。ジトーっとした目をクリスの後ろに控える侍女に向けるとその侍女、心持誇らしげに胸を張って勝者の顔で一礼しやがった。反省の色、ゼロである。
「まあ、ある程度この事態は想定していましたので。その辺り、結構寛容ですので、ウチの国。どうせ入学式で面白い事なんて無いでしょうしね」
そう言って紅茶を口に含むクリスティーナに、ディアはにやりとした笑みを浮かべて見せる。
「……そうですか。それはクリス、残念な事をしましたね? とても面白い見世物がありましたのに」
「面白い見世物? 曲芸師でも来たのですか?」
きょとんとするクリスに、ディアは笑顔を浮かべたままで。
「婚約破棄されたのですよ、私。入学式の、公衆の面前で――エドワード殿下に」
「――っ! そ、それは……」
クリスは目をかっ! と見開くと、少しだけ震える手でカップをテーブルに置いて。
「……おめでとうございます、と申し上げましょう。そして……やはり、入学式に行かなくて良かった。私にとって、とても面白くないです、それ」
「ふふふ! ありがとう、クリス! ですが、これでようやく『同じ土俵』ですね?」
「……いえ、今では貴方の方が有利でしょう? メルウェーズのおじ様は、ルディの事を好いていたのでは?」
「ええ。エドワード殿下と評価は半々、といった所でしょうが……まあ、どちらに嫁いでも問題ないという感じでしたね」
「くぅ……メルウェーズの令嬢が国王陛下の妃になるのは古くからの盟約でしょう? ならば……」
「ええ。ルディが王位に就けば……うふふ!」
ディアの笑顔に、悔しそうな表情を浮かべるクリス。この二人もまあまあ小さい時からの幼馴染、幼いころから『るでぃ、るでぃ』と二人でルディの後を付いて行った仲だ。エディの婚約者になった時から、『可哀想』と思いつつ――それでも、強力なライバルが減った事に心の何処かで喜んでいたのだ。いたのだが。
「……罰が当たりましたか」
人の不幸を喜んではいけない。そんな当たり前の事を思い、クリスは笑顔を浮かべて見せる。
「……そうですね。クラウディアは昔からルディの事が大好きでしたものね。今、ようやくルディと交際できる権利を得た事、本当におめでたく存じます」
「ありがとうございます」
「ですが」
クリスは立ち上がり、ディアを睨みつけ。
「此処からは、正々堂々、どちらがルディのお嫁さんになるかの勝負です!! 手加減しませんよ、クラウディア!!」
そんなクリスの言葉に、ディアも挑戦的な笑顔を浮かべて立ち上がり。
「――ええ、クリス。これからは正々堂々です。貴方が強力な恋敵であることは認めましょう。ですが――」
――負けませんよ、と。
「――望むところです」
ディアが差し出した手を、クリスはがっちりと握って。
「――まあ私、今日ルディ様からプロポーズされましたが」
「「え? なにその抜け駆け!?」」
恋に正々堂々なんて、なかった。




