第四十五話 もう一人の攻略対象
――『わくわく! 恋の王宮大闘争!』、通称『わく王』
『令和最初にして最後のクソゲー』とまで呼ばれ、『特級呪物』と恐れられた伝説のクソゲーとしてクソゲー史に燦然と輝くゲームである。
わく王のクソゲーたる所以は諸説あるが、一番の理由としては『キャラクターの魅力が壊滅的にない』という点にある。まあ、ストーリーの荒さであるとか、キャラクター絵の描き分けの無さとか、クソゲーポイントは多々あるのだが、一番は『なんで初対面でヒロインに全員、骨抜きになるのか?』である。
当たり前だが恋愛ゲーム、徐々に攻略対象との理解を深めていった方が物語には奥行きが生まれるというものである。にもかかわらず、出てくる登場人物登場人物、皆勝手に自分語りを始めて、クレアが『凄いです!』というとコロッと落ちるのである。ちなみにこの間に、選択肢は一つもないのだ。
王子様も。
宰相の長男も。
近衛騎士団長の次男も。
影のある天才も。
ショタっ子も。
登場する六人が六人とも、同じ顔でクレアに愛を囁くのである。ハーレムルート(デフォルトルートである、ちなみに)のエンディングは『人類クローン化計画』とか『違いが分からない女、クレア』なんて呼ばれていた。ちなみに五人ではなく、六人である。そう、王子様が二人いるのだ。このゲームのメイン攻略対象、エドワード・ラージナルと。
「久しぶりですね、ルディ」
「うん、久しぶりエドガー。今日から王城で暮らすんだよね? よろしく」
ルディの目の前でにっこり微笑む隣国の王太子、エドガー・スモロアである。顔は相変わらず瓜二つのこの二人だが、これには理由がある。現王妃であるルディとエディの母親とスモロア王国の国王は従兄妹同士であり、エドガーとルディは又従兄弟にあたるからだ。いや、又従兄弟で此処まで顔が似るのかという話だが……まあ、そういう設定である。苦しい設定ではあるが。
「むぅ! ルディ、私も居るんですからね!! 忘れないでください!!」
そんな彼の隣でむぅ、と頬を膨らます少女にルディの顔に苦笑が浮かぶ。
「ははは。ごめんごめん、忘れて無いよ? クリスティーナ。クリスティーナもよろしくね?」
「はい! こちらこそよろしくお願いします、ルディ!」
不満顔から一転、花が咲くように微笑む少女はクリスティーナ・スモロア。エドガーの双子の妹であり、『わく王』の世界ではエドガールートでのライバル令嬢である。
エドガールートは他国ルートという事もあって、ライバル令嬢としてクリスティーナが登場する。と言っても、こちらはディアと違い『悪役』には描かれていない。少々ブラコン気味のクリスティーナが、クレアを審査する、みたいなゲーム進行だ。まあ、クリスティーナがポンコツ気味なので早々にクレアに陥落し、審査している筈だったのに段々クレア推しに変貌し、終いには『お兄様にはクレア様がお似合いです!』みたいな事を言いだすのだが。
尚、このエドガールートのバッドエンド『傾国の美女』は『わく王』内で最も評価が高いルートだったりする。『いや、そうはならんやろ』という選択肢を選び続ける事によりエドガーがヤンデレ化し、同じくヤンデレ化したエディとクレアを奪い合い、やがてそれは国家間の戦争になり両国の滅亡までやり合うそのルートは、散々『わく王』に苦しめられたプレイヤーから大絶賛されたのだ。ちなみに、『そうはならんやろ』を選んでいるのでストーリー自体は破綻しまくりなのだが、それでもこのルートが高評価という所に『わく王』の闇があったりする。公式が仇を取ってくれたのだ。
「……でも、やっぱり入学したんだね、エドガーもクリスティーナも」
これも原作通りか、とルディは胸中でため息を吐く。普通の、一般的な感覚で言えば自国の王太子と第一王女を他国に留学させ、あまつさえ王城に住まわせることなんてしない筈なのに、である。人質にしてくださいと言っている様なものだ。
「ええ。僕たちも若いうちから他国の文化に触れておくのは良い事ですしね。それなら信頼するルディのいるラージナル王国が一番です。ねえ、クリス?」
「ええ、お兄様の言う通りです! それに……三年経てば、ねぇ?」
そう言って流し目を向けてくるクリスティーナ。そんなクリスティーナに苦笑を浮かべ、ルディは肩を竦めて見せる。
「……まだ言ってるの、クリス?」
「当たり前です! 小さいころに約束したじゃありませんか! 私と結婚して、と!」
「小さいころの話でしょ? それに僕はうんと頷いた記憶はありません」
「年齢は関係ありません! それに、ルディはちゃんと『うん』と言って下さいました! 私、覚えてますから!」
「いや、言ってない――」
「寝ぼけている時に言ったら、『う……うーん』と言って下さいました!!」
「――それ、寝惚けた寝言じゃないかな~?」
物凄く拡大解釈しなくちゃ無理な奴だ。
「……いいじゃないですか、ルディ。両国の友好の証にもなりますし……僕もルディが義弟なら言う事はないです。どうせ、王位はエディに『譲る』んでしょう? スモロアでもラージナルでも、どちらの籍でも良いですよ? 無論、スモロアに来てくれたら嬉しいですけど」
「いや、『譲る』って……元々、王位はエディのモノだよ」
そう言って苦笑を浮かべて。
「まあ……ともかく、僕は誰とも結婚するつもりは無いからさ? だから、クリスももっとちゃんと良い人を見つけてね? こんな『平凡』じゃなくてさ?」
苦笑を浮かべたままそう呟くルディの顔は、とても綺麗だった。




