第四十三話 人質は国家(人じゃない
クラウディア程の膂力もないクレアは、流石にクラウスとアインツをボコボコにすることは出来ない。『大魔王』なんて不名誉なあだ名を付けられて不満そうに頬を膨らましながら、クレアは空き教室の椅子に腰掛ける。
「……まあ、色々ありましたけど良いです。話がだいぶ、あっちこっちしましたけど……ルディ様を国王陛下にしたいって話でしたよね?」
クレア同様椅子に座った三人は黙って頷いて見せる。そんな三人に、クレアは疲れた様にため息を吐いた。
「さっきも言いましたけど、私はどっちでも良いんですよ。ルディ様もエドワード殿下もそんなに知りませんし……っていうか、そもそもなんで私にそんな話、するんですか? 私、一男爵令嬢ですよ? しかもド田舎の、領地もちっちゃい、貧乏男爵令嬢ですよ? 王位云々なんて私には関係ないんですけど……」
そんなクレアの言葉に、気まずそうにクラウスとアインツが目を逸らす。ディア? まるで聖母の様な慈愛の籠った瞳でクレアを見ていた。その視線に首を捻るクレアに、アインツが言い難そうに口を開く。
「あー……その、なんだ? クレア嬢は関係が無いと思っているかも知れないがな? こう……ほら、あるだろう?」
「? あるだろうって、何がですか?」
「あー……だから、ほら! あの……」
宙を見つめてしばし黙考。その後、アインツは言葉を発した。
「――入学式の日に、婚約を申し込まれただろう、クレア嬢? だから……すまない、完全に君は『関係者』なんだ……」
「…………は? い、いやいやいやいやいや!! なんでそんな事で関係者になるんですか!? あ、いや、確かに関係者と言えば関係者かも知れませんが……で、でもですね! あんなの、エドワード殿下の勢いみたいなもんでしょう!?」
クレアの言う通り、エディの告白&婚約破棄は勢いである。勢いであるが、しかし、だ。
「……確かに入学式でのアレは勢いだろう」
「でしょう!?」
「……だがな? 仮にも王族の、しかも王位がほぼ固いエディの言葉だ。その意味は大きい」
「大きいって! まだまだ子供の言葉じゃないですか!!」
「……まあ、そう言ってみればそうなんだが……考えても見て欲しい、クレア嬢。エディとクラウディアの婚約というのは、完全な政略結婚だ。それをエディは一方的に破棄したんだぞ? クラウディアの実家のメルウェーズ家はどう思うと思う?」
「……もしかしてクラウディアさんのご実家って……激おこです?」
おそるおそるクラウディアに視線を向ける。と、そこにはにっこりと笑顔を浮かべたクラウディアの姿があった。その優し気な笑みに、『そ、そうですよね! 一々大貴族が子供の喧嘩で激おこなんてなる訳ないですよね!』と、胸を撫でおろして。
「お父様、王城に書状を送ったそうですね。事情を説明しろって」
だが、現実は非情である。クレアの瞳に絶望の色が浮かんだ。そんなクレアの肩を、憐憫を湛えた視線のままクラウスがポン、と叩く。
「……まあ、なんだ。元気出せ」
「……元気が出るとでも? なんですか? 私、前世でどれだけ悪い事したんですか? なんでこんな事態に巻き込まれているんですか?」
たぱーっと両の瞳から涙を流すクレア。そんなクレアの涙を、気まずそうに見ながら、『ほら、これで涙を拭け』とハンカチを差し出すアインツ。
「まあ、本当に君には申し訳ないと思っている。言ってみればこれは身内のゴタゴタみたいなものだしな。それに巻き込んだのは申し訳ないと思うが……だがな? クレア嬢、これはある意味君の為でもあるんだ」
「……私のためぇ? はい? 何言ってやがるんですか、アインツ様? 今、クラス中からハブられて凹んでいる上に、国一番の大貴族の当主様を激おこさせたのに? これが私の為ですか?」
ジト目で睨むクレアに、アインツが『うぐ』と息を詰まらせる。
「あー……いや、そうではない。そちらは本当に申し訳ないと思っている。思っているんだが……そちらではなく、だ。ルディが王位に就いた方が良いの方だ」
「……ルディ様が?」
「考えて見ろ。これから先、エディが王位に就いた場合、エディの隣にいる女性は誰になると思う? クラウディアか? それとも、入学式の日に熱烈なアプローチを受けた男爵令嬢か?」
アインツの言葉に『さぁー』と顔色を青くするクレア。
「ちょ、ま、待ってください! それ、私が王妃候補とか思ってません!?」
「思っている。というより、現実的にこれから他の候補は少し難しい」
「な、なんでですか! クラウディアさんは無理かもしれないですけど、他の子を――」
「……いると思うか? メルウェーズ家に睨まれるの分かって、自分の娘を王妃に! って」
「……」
「……まあ、いるにはいるだろうが、そんな意識で送り込んでくるような貴族では王妃は務まらんだろうし……婚約破棄させた令嬢以外の令嬢と、となるとメルウェーズ公がへそを完全に曲げる可能性がある」
自身の娘が『負けた』相手が王妃になるならともかく、その相手も王妃にならないのなら尚の事クラウディアの名誉が傷付けられるからだ。『お前の娘、二番手どころか三番手以下だから!』と言われればそりゃ、切れる。
「む、無理です! 私に王妃なんて無理ですし、そもそも私、婿取り必至なんですって!! レークス家、潰れちゃいます!!」
「その辺りはなんとかなるだろうが。君が二人以上子供を産めば、一人は王位、一人は君の実家を継ぐという方法もある。まあ、流石に王子の臣籍降下なら男爵では難しいから……レークス伯爵家、とかになるんじゃないか?」
「で、でも! クラウディアさん、言ってました!! クラウディアさんは王妃になるんだって! じゃ、じゃあ!」
「公衆の面前でアレだけ馬鹿にされたんだぞ? メルウェーズ公だって『じゃ、もう一回エドワード殿下と婚約を』とはならんだろう、クラウディア?」
「でしょうね。きっと、私のお父様は許さないでしょう。どのみち、エドワード殿下との結婚は難しいでしょう。そして、そうなると……まあ、お父様も高位貴族、メンツ商売の所もありますし……」
ちらっとクレアの方を見やるディア。
「……まあ、クレアさんの安全は保障します。お友達ですし、クレアさんは被害者ですので。ですが、それ以外の……まあ、『国家の安寧』の方はちょっと保証出来かねますね?」
「なんだか大問題になって来たんですけど!!」
え? え? とクレアは狼狽える。悪目立ちして、学校でハブられて、この学園での三年間は黒歴史として心の片隅に秘めようと思ってたのに、気が付けば国家の一大事だ。しかも、受動的に。
「最初から大問題なのだよ、これは。さて、整理しよう。このままエディが王位に就けば、クレア嬢が王妃になる可能性が出てくる。そうなればメルウェーズが国家の運営に手を貸してくれないだろう。ひょっとしたら、隣国と組んで戦争を仕掛けてくるかもしれない。」クレア嬢も、王妃としての政務もこなさなくてはならない」
そこでにこっと微笑み。
「だが、ルディが王位に就けばどうだ? 王妃はクラウディアがなるだろうから、君は王妃の仕事なんてしなくて良い。勿論、メルウェーズ家も王妃を送り込んだんだ。可愛い娘が幸せそうにしているのに、隣国と組んで戦争なんて思わないだろう? 加えて君がエディに好意を抱けないというなら私たちの方からエディにはそれとなく『脈なし』と言ってあげようじゃないか。だから、どうだ?」
私たちの仲間にならないか? と。
「……国家の安寧の為に、な」
「国家を人質にした交渉!? 酷くないですか!? 私が何したって言うんですか!!」
クレアの絶叫が、放課後の教室に響いた。




