第四十一話 口は災いのもと
ディアの絶対零度の視線を受けるアインツとクラウスは怯む。が、腐っても貴族令息。彼らはディアとクレアの間に体をねじ込むと、アインツはクレアを、クラウスはディアに正対する。
「……はい?」
突然の二人の行動に頭に疑問符が浮かぶクレア。そんなクレアに、アインツはまるで幼子にする様に優しい口調で語りかける。
「……怖かっただろう? もう、大丈夫だクレア嬢。私たちが君を守るから」
「…………はい?」
「何を言って脅されたのだ? 無理矢理、友達のフリなんかさせられて……可哀想に」
「……え? い、いや、ちょっと待ってください!! 別に私、脅されたりしてませんよ!?」
「何を――ああ、そうか。『言うな』と口止めされているのか。大丈夫だ。あの悪魔の手から君を必ず守って見せるから」
「は、話を聞いてください!」
混乱するクレアが助けを求める様にディアに視線を向ける。と、そこには正面に立つクラウスに呆れた様な、それでも冷たい視線を向けるディアの姿があった。
「……何のつもりですか、クラウス?」
「クレア嬢を守る! 幾らお前が悪魔の様な女だったとしても……俺は騎士団長の息子で、騎士の卵だ! 騎士たるもの、相手がどれだけ強大だとしても、勝ち目のない戦いだとしても逃げない!」
「……何を言っているんですか、クラウス? 貴方こそ、頭でも打ちましたか? クレアさんを守るって……どういう意味です?」
「そのままの意味だよ! お前、どうやってクレア嬢を洗脳したんだ! 聞いたか? クレア嬢の口から『友達』って出たぞ!? 友達だぞ、友達!! 友人だぞ!? 『あの』クラウディア・メルウェーズに友達だぞ!? 有り得るか!!」
「……どういう意味ですか、それ」
はぁ、と息を吐くディア。絵面だけ見れば、『か弱い男爵令嬢クレアを悪役令嬢クラウディアから守る、攻略対象二人』である。此処に来て、原作準拠リターンズである。方向性は明後日だが。
「ほら、早く言え! クレア嬢に何をした!! 権力か? 金か? 今なら幼馴染の誼で一緒に宰相閣下や俺の父上に謝りに言ってやるから! な? 自首しよう、クラウディア!」
「そうだ。私も私の父に一緒に頭を下げてやるから! クレア嬢を脅した事、大事にしない様にしてやる! なあ、クレア嬢? 協力してくれないか?」
「へ? きょ、協力? それは別に良いですけど……って、ちょっと待って下さい!!」
「ほら、クラウディア! クレア嬢もこう言ってくれている!! 自首した方が罪が軽くなるから!! 被害者からの情状酌量の懇願もあるんだ! 大丈夫、絶対に勝てる裁判だ!!」
「……貴方達は……」
完全にジト目を向けるディア。そのまま大きくため息を吐き、ディアは言葉を続けた。
「……あのですね? 私たちは本当に友達になったのです。ねえ、クレアさん?」
「そ、そうですよ! 本当に友達になったんです!! クラウディアさん、私と仲良くしてくれるって言って下さったんです!!」
「……なるほど、そう言って油断させて……」
「アインツ様!? そうじゃないです! そうじゃなくて……っていうかですね? 皆さん、クラウディアさんのその……想い人というか……」
どういえば良いのか悩む。そんなクレアにクラウスが『ああ』と小さく頷く。
「クラウディアがルディにベタ惚れって話か?」
「……クラウス。ベタ惚れではありません。死ぬほど愛しているという話です。惚れる程の軽い気持ちではありません」
「……ええ、まあ、はい。そうでしょうね、とは思っていましたが……とにかく! クラウディアさんがエドワード殿下の事を好いていたなら、そりゃ話は別でしょうけど……そうじゃないなら、クラウディアさんが私に意地悪する訳無いじゃないですか!」
クレア、正論である。どやぁ! と言いたげな笑顔でそういうクレアに、クラウスとアインツが顔を見合わせる。
「いや、それは俺らもそう思うんだよ。言い方悪いけど……クレア嬢のお陰で、クラウディアとルディの結婚の目が出て来たからな。クラウディア的には感謝感激って感じだろうって思ってる」
「ああ。それにクレア嬢? もし君がクラウディアに意地悪をされていると思っているのなら、あの会議に参加した時点で言っているだろう?」
「……あれ?」
確かに。もし、最初からクレアが意地悪をされているのであれば、そもそもあの頭のおかしい反逆会議に出ていないのである。
「だから、ある程度の友好関係はあるのだろうとは思っていたんだ。何かしらの利害が一致した、とな。だが……」
クラウスとアインツは目を見合わせて。
「「友達は無いだろう、友達は」」
「なんで!? 友好関係イコール、友情じゃないんですか!?」
「そんな訳ないだろう。表面上は笑っていても、心の中では寝首を掻く準備をしているのが貴族というものだろう? そこに友情関係はない。あるのは利害の一致だ」
「私の知ってる貴族と違う!」
高位貴族、こえぇ~と戦慄を覚えるクレア。そんなクレアに、クラウスは苦笑を浮かべて口を開く。
「まあ、アインツのは極論だよ。普通に友好イコール、友情の事もあるわな」
「で、ですよね! だから、私とクラウディアさんが――」
「でもクラウディアだぞ? クラウディアと友情なんか築けるか? 無理だ、無理。そんな感情、クラウディアの中ではとっくに枯れているんだよ」
「――ひでぇ……」
「クラウス、言葉は正しく使え。枯れているのではない。そもそも無いのだ、クラウディアには。世界には『ルディ』と『ルディ以外』しかないんだから。それ以外の事は全部些末事、ルディに全振りなんだよ」
「ああ、そうだな。クラウディア、ルディの為なら本物の悪魔にも勝てるだろうし」
「それは悪魔に失礼だろう? 悪魔も、クラウディアと比べられたくはないだろうし」
「それもそっか! だな! それで……ええっと、何の話だったっけ? クラウディアが悪魔の様な女って話だっけ?」
クレア嬢? と問いかけるクラウスとアインツの笑顔に、クレア、心の中で涙が止まらない。
「――言いたいことはそれだけでしょうか、お二人とも? ふふふ、大変、楽しいお話を聞かせて頂きましたが……それが、遺言ということで良いですね?」
――その笑顔が、これから絶望に染まることは、クレアの目の前でまるで悪魔の様な目付きで笑うディアの笑顔で想像できた。口は災いの元、である。




