第三十八話 結成! レジスタンス!!
「……生理的に無理って……」
容赦ねえな、コイツ、とクレアは心の中で思う。なんていうか、一刀両断って感じだ。
「仕方ありません。クレアさんだって、見るだけで怖気が走るもの、あるでしょう? 台所にいる黒い走り屋とか」
「一国の王子をゴキブリ扱い……だと」
余りにも酷い。
「……まあ、そもそも私はルディ以外の男性が生理的に無理なのかも知れませんが。なんせ初恋ですしね」
自分でも変な事を言っていると思いますが、とディアは苦笑を浮かべて見せる。
「……幼いころからルディは大人びていましたから……同年代の男性はどうしても子供っぽいというか……頼りがいが無いというか……」
「……どんだけ凄かったんですか、ルディ様。五歳児でしょ? そりゃ、子供っぽいに決まってますよ」
「聞きますか! ルディの素晴らしい所!! これは一晩と言わず、二晩、三晩と行けますよ!!」
「死んでしまうのでノーサンキューです」
キラキラした目でぐいっと近寄ってくるディアをぐいっと押しのけ、クレアはため息を一つ。
「まあ、そこまでクラウディアさんがルディ様を大好きなのは理解しましたし……なるほど、それじゃ今ってクラウディアさんに取っては大チャンスって訳なんですね?」
「ええ。政略結婚を貴族令嬢として当然、男性としては無理でも人間的に尊敬は出来るエドワード殿下なら我慢は出来ると思っていましたが……」
もし、その相手が、初恋の、昔から一途に想い続けた相手であるのならば。
「……こんなに幸せな事はないと、そう思うんです」
「……乙女ですね~、クラウディアさん」
「……からかわないでください」
耳まで赤く染め、ぷいっとそっぽを向くディアに微笑ましさを覚えてクレアはにっこりと笑う。まあ、多少――多少? ま、まあ愛は重いが、それでもやっぱり恋する乙女の味方でありたいのだ、クレアは。
「……でも、そう言う事なら問題はもうちょっとややこしくないです? だってルディ様が王位に就かないとクラウディアさんはルディ様と結ばれる事は無いんですよね?」
そんなクレアの言葉に、少しだけ気まずそうにディアは視線を逸らす。
「……なんですか、その視線の逸らし方? なんかやましい事でもあります?」
「あ、いえ、や、やましい事ではない……とも言い切れないのですが……」
「え? 言い切れないってなんです? まさかクラウディアさん、本当にやまし――」
そこまで喋り、クレアは気付く。
クレアが――噂話程度で知るエドワード殿下は、何をしても優秀で物腰も柔らかく、誰にでも優しい、公明正大な王子である。誰かも評価される、欠点のない『完璧王子』。
だが――この『完璧王子』、入学式でいきなり見ず知らずの少女に愛を告白し、仲睦まじいと言われていた婚約者を公衆の面前で罵倒したのだ。
――これが『失点』と言わず、何を失点というのか。
「……クラウディアさん?」
ハイライトの消えた瞳でディアを睨むクレア。その姿に、『ひぅ!』とディアが息を呑む。
「ち、違うんです!! そ、その、別に私がさせた訳では無いんです! 本当に、風が吹けば桶屋が儲かると言いましょうか、棚から牡丹餅と言いましょうか……」
「……人の不幸は蜜の味とも言いますよね~」
「ち、違います! クレアさん、本当に違うんです!! そ、その……本当に申し訳ないとは思っているんです! 思っているんですが……」
あわあわと両手を振って見せるディア。そんなディアをジト目で見た後、クレアは『はぁ』と小さくため息を吐く。ため息ばっかりで幸せが逃げていきそうなものではあるが……残念、ため息程度で逃げる根性の無い幸せは、今のクレアには必要ないのである。
「……冗談です」
「……そ、その、クレアさん?」
「冗談ですよ。いえ、マジで冗談じゃねーよではあるんですが……クラウディアさんのせいじゃないですしね。たまたま、すべてがクラウディアさんの都合の良い方に転がったと言いましょうか……そんな感じでですよね?」
「……その、嘘偽りなく申し上げれば、貴女に申し訳ないと思いつつ……それでも、こう、『本当に有り難うございます! あのポンコツを貰ってくれて!』と思ったと言いましょうか……」
「……マジで嘘偽りないやつだ、これ」
「ですから、私は貴女と仲良くしたいと思ったのです。感謝の気持ちもありますし……その、私に出来る事ならなんでもさせて頂ければと……」
ディアの言葉に、クレアはもう一つため息。
「……ま、クラウディアさんの気持ちも分からないではないですしね。ずっと初恋だったんでしょ、ルディ様?」
「……はい」
「そのルディ様と結婚出来る目が出て来た。私にはちょっと申し訳ないと思いつつも……でも喜んだ」
「………はい」
「だから、私とも仲良くしたいし、私になにかしてあげたいと……まあ、そんなところでしょう?」
「…………はい。で、ですが! その、本当にクレアさんが不幸になってよかったとは――」
「――じゃあ、許します」
「――思って……え? ゆ、許す? 許して下さるのですか?」
「そもそも、別にクラウディアさんのせいじゃないですし。これってエドワード殿下のせいであって、クラウディアさんには非が無いじゃないですか」
そうなのだ。色々言ったが、別にディアのせいではない。まあ、ディアにはディアでクレアの不幸を喜んだという罪があるかも知れないが、これも正確にはエディの失脚に喜んだだけで、クレアの不幸は間接的なものである。直接、クレアが不幸で嬉しい訳ではないのだ、ディアは。
「……じゃあ、クラウディアさんに怒るの、筋違いだと思うんですよね~」
「……クレアさん」
「……ま、此処でクラウディアさんなんか知らないって言ったら私、ボッチ確定ですしね~。折角の友達を失いたくないですし」
少しだけ照れた様にそういうクレアにディアは目を見開き、その後ゆるゆると微笑む。
「……ありがとう、クレアさん」
「……ま、乗り掛かった船ですし! お手伝いしますよ、クラウディアさんの初恋!」
「……はい! ぜひ、お願いします!!」
二人で見つめ合い、そのまま笑い合う。そこにあるのは照れくさい様な、それでも暖かい一幕だ。なんだか青春演劇の一幕みたいで恥ずかしいとクレアは視線を逸らし。
「で、でも! 完璧王子も抜けてますよね~。こんな失点してたら、王様にはなれないんじゃないですか? っていうか、こんな失敗するならルディ様の方が良いんじゃないですか? クラウディアさんの初恋も叶いますし!」
――言って、しまった。
「――クレアさんもそう思いますか!!」
瞬間、ディアが『しゅばっ!』と距離を詰めクレアの両手を自身の両手で包み込む。いきなりのディアの行動に、クレアは目を白黒させた。
「へ? え? く、クラウディアさん?」
「よくぞそう言って下さいました! 私も――私達も、常々、王位にはルディが相応しいと思っておりました! そうですね! 現陛下の腹案を白紙に戻して貰う戦いに、一緒に臨みましょう!」
「ちょ、ま――」
「ええ、ええ、そうです! そうですとも!! やはり王位はルディに!! 分かっていますね、クレアさん!!」
「だ、わ、私はそんな――」
「やりましょう、クレアさん! ルディを王位に押し上げる為の――私たちの革命を!! 大丈夫、同志は沢山います! 今日から私たちの仲間として、ともに戦いましょう!!」
「――革命とか不穏ワードが出て来たんですけど!! やめて! マジで我が家、つぶされちゃうから!!」




