第三十六話 違う、そうじゃない
「いや、ダメですよクラウディアさん! なんですか、押し倒すって!! どんだけ肉食系女子なんですか!? 公爵令嬢でしょう、貴女!!」
クレアの指摘に、ディアの顔が真っ赤に染まる。その後、あわあわと両手を振って見せるディア。
「ち、違います! 今のは違いますから!! わ、私はそんな押し倒す方でありません!! い、今のは勢いで……!」
「……そうですよね? 良かったです、クラウディアさんがちゃんと淑女で――」
「――私、押し倒すより押し倒されたい方なので!!」
「――完全に痴女だよ、貴女は!!」
結局、やるこたぁ一緒である。
「……で、ですがクレアさんも思いませんか!? 自身から行くのはちょっと恥ずかしいけど、殿方に求められたら、その……そ、それが大好きなルディなら……う、嬉しくはないですか!!」
「……まあ、気持ちは分からんではないですが……」
クレアとて『そういう』事に全く興味が無い訳ではない。
「……確かに、隣で寝ててもドキドキもされないのはちょっと悔しいかも知れないですね」
今のところ予定は未定ではあるし、実際そういう状況になればクレアは全力で拒否するだろうが……それでも、流石に興味の欠片もなくぐーすか寝ていられたら面白くはないと思うのが、微妙な乙女心なのだ。
「……まあ、ともかくそっち系は止めておきましょう。いろんな意味でクラウディアさんの評判が悪くなりそうですし……我が家もどうなるか分かりません」
いきなりディアがルディを押し倒しました、入れ知恵したのはクレアです、なんて誰かに言われた日にはレークス家はお家取り潰し待ったなしだ。吹けば飛ぶような貧乏男爵家なのである、クレアの実家は。
「で、ですが……それではどうすれば宜しいのでしょうか?」
捨てられた子犬みたいな目でクレアを見やるディア。そんな庇護欲そそるディアに、クレアは苦笑を浮かべる。
「……シンプルに行きましょうよ、クラウディアさん。妹とみられているのであれば『女の子』として見られるように……そうだ! デートとかどうです?」
「……デート、ですか?」
「そう、デートです! 雰囲気のイイ、小洒落たレストランとかでルディ様を誘ってですね! そこでいつもとは違うクラウディアさんを見せるんですよ!!」
どーよ、このアイデア! と思うクレア。そんなクレアに、少しばかり申し訳無さそうにクラウディアが眉根を下げる。
「……その、ルディは王子なので……レストランとかは少し……」
「……ああ、そっか。毒味とか必要なのか」
おやつ、と称してその辺の花の蜜をちゅーちゅー啜っていたクレアには思いも寄らない発想である、毒味って。
「れ、レストランはダメでも! デートくらいは出来るんじゃないですか? そうだ! こないだから王都に人気の劇団が来たんでしょ? 観劇とかどうです!!」
「……申し訳ありません、ルディが観劇するとなると……こう、警備の関係が……」
「……」
「その……ルディと二人きりになるチャンスがあるのはこの学園か自室、物凄く範囲を広くして王城内くらいなんです。社交界でこっそり抜け出す、くらいは出来るかも知れませんが……どこかにルディを連れ出すのは、殆ど絶望的と言いましょうか……」
「……思ったよりハードルが高かった件」
しかも、物理的にである。近所のガキ大将と真っ暗になるまで遊んでいたクレアにはない発想であり……
「……だからクラウディアさん、こんなムッツリになったのか」
その考えに行きつく。所謂、健全な青少年の遊びがほぼほぼ禁止されているこの状態で、二人きり、イコール、『そういう』事に行きつくのもまあ、分からんではない。
「いや、クレアさん!? 私、別にムッツリではないですよ!?」
「……分かりました。この作戦は諦めましょう。別の方法にします!」
「……聞いてませんね?」
ジトッとした目でクレアを見るディア。そんな視線を無視し、クレアは話を続ける。
「今まではルディ様をどうにかすることを考えていましたが……発想の転換です!」
「……発想の転換、ですか?」
「ですです。今まではルディ様にクラウディアさんを好きになって貰う事を考えていましたが……そこを逆転しましょう」
クレアの言葉に、ディアは首を傾げる。
「ええっと……私がルディを好きになるという事ですか?」
「それは今更でしょう? まあ、いきなり告白ぶっ放しても良いですけど……フラれたら嫌じゃないですか? 『ディア、ごめん。妹にしか見えない』とか――うわー! すみません、すみません! 泣かないでください、クラウディアさん!!」
ディアの目に涙がなみなみと溜まった事に慌ててクレアがフォローを入れる。
「……ぐす……クレアさんの意地悪……」
「ごめんなさい、ごめんなさい! そうですね、愛が重いクラウディアさんにフラれるは禁句でしたね! これは私のミスです! 本当に申し訳ありません!」
さらっと失礼な事を言いながら、ハンカチを差し出すクレア。そんなクレアに少しだけ恨みがましい目を向けながら、ディアはそのハンカチで目元を拭う。
「……ありがとうございました。それで? 逆転の発想というのは……?」
ハンカチを受け取りながらクレアは一つ頷く。
「結局のところ、ルディ様ってクラウディアさんがエドワード殿下の事が好きだって誤解しているって認識で良いんですよね?」
「ええ、悍ましい事に私達の仲が良好だと勘違いしているんです、ルディ」
「……悍ましいって。ま、それはイイです。ですから、まずはその認識を改める事からはじめましょう! ルディ様に『好き』を伝えるのはそれからで良いです」
『え? ディア、エディの事好きじゃなかったの? それじゃディアの好きな人って……もしかして』作戦である。あまりにも遠回りと言えば遠回りだが。
「……まずはクラウディアさんがエドワード殿下に好意が無い事を示していきましょう。回り道かも知れませんが……意外にこれ、正攻法かも知れません。現状でクラウディアさんがルディ様に『好きです! 付き合ってください!』といった所で『ははは! ディアはエディの事、大好きでしょ?』軽く流される気がしません?」
「……物凄く、想像できます」
「ですからまず、『私はエドワード殿下の事、好きじゃありませんよ~。私は別の人が好きですよ~』を匂わせていきましょう! まずはそこからです!!」
ぐっと胸を張ってそういうクレア。そんなクレアに、ディアはキラキラとした目を向けて。
「……なるほど。私がエドワード殿下の事を男性として蛇蝎の如く嫌っている事をルディに伝えれば良いのですね? 任せてください!! エドワード殿下のダメな所なら一晩中掛けてでも語る事が出来ます!!」
「んなことは言ってない!! っていうか、なんで貴女はそこまで極端に振り切るんですかねー!! 中間はないのか、中間は!!」
クレア、思わず素が出た。




