第三十四話 友達の為に、してあげたい
まるで、捨てられた子犬の様な目でじーっとクレアを見つめるディアに堪らず彼女はため息を吐いて見せる。そんなクレアの態度に、ディアの瞳の中の不安の色が増していく。
「……はぁ」
普通にしていたら綺麗系、今は庇護欲そそる可愛い系とか反則じゃないですか? なんて思いながら、クレアは覚悟を決める。
「……それで? お手伝いっていったい何をしたら良いんですか?」
「……宜しいのですか?」
「いや、まあ……そうですね。正直、なんとなく関わり合いたくない気がするのはするんですよ。申し訳ないですけど……」
「……いえ、それはそうだと思います。人様の恋愛模様は見ている分には甘酸っぱくて楽しいですが、首を突っ込むとなるとめんど――」
「ああ、違います」
「――うくさい……え? 違う?」
きょとんとした目でクレアを見やるディア。そんなディアに、クレアはわざとらしくため息を吐いて。
「いや、だって公爵令嬢と王子の恋愛の援護射撃なんて、男爵令嬢には荷が重いですよ?」
貴族はメンツ商売。よほど大きなパーティーで、東西貴族揃い踏み! みたいなパーティーならともかく、ごくごく仲の良い貴族同士で開かれるパーティーは身分の上下が如実に出るのである。公爵家のパーティーに男爵家の令嬢が招かれるというのは、なにか特殊要因でも無いと難しい。
「……ま、面倒くさいのは……正直、あんまり乗り気じゃないです。でもですね? クラウディアさん、言ってくださったじゃないですか」
お友達って、と。
「お友達が困っていて、少しでも助けが出来るんなら……まあ、助けるのは吝かじゃないかな~って」
「……良い人ですね、クレアさんは」
「そ、そんな事無いですよ! 友達が喜んでたら嬉しいですし、悲しんでたらなんとかしてあげたいって思うのが普通です、普通!」
「その普通が、中々出来ないものですよ、人というのは。そもそも、出逢って数日の友人の為に、そこまでして下さるなんて……本当に良い人です」
「そ、そんなに褒めても何も出ないですよ!? 私なんて、ド田舎だんしゃ――」
「……本当に……クレアさん、エドワード殿下のせいでこんな目に逢っているのに。その片棒とも言える私に協力してくれるなんて……本当に、良い人……」
「――……なんか一気に手伝う気、無くなったんですけどー!」
本当に。よく考えなくてもクレアの不幸の全部はこの目の前のビジネスカップルのせいである。じとーっとした目を向けるクレアに、ディアは慌てた様に両手をわちゃわちゃと振って見せる。
「い、いえ! そ、その……な、なんと言えば良いか……」
「……いいですよーだ。どうせ私はおバカなお人好しですよーだ。お母様の『人に優しくしろ』って教えの――あれ? もしかして私の不幸ってこのお母様の教えのせいでは……」
クレア、ついに真実に築く。彼女の母親の教え、『人には優しく』を体現した結果、彼女に不幸がスキップしてやってきているのである。うん、彼女の母親が悪い。
「……良い教えですよ、それは」
「……私もそう思っていたんですけどね~。今となっては……」
とほほ、という表情を浮かべるクレア。そんなクレアに苦笑を浮かべながら、ディアは何かに気付いたように口を開いた。
「そう言えば……」
「……なんでお母様の言う事、愚直に守ってたかな~。ある程度で――はい? どうしました、クラウディアさん?」
「クレアさん、なんと言いましょうか……随分、話しやすいというか……口調が……自然?」
ディアの指摘に、クレアは『しまった!』と分かりやすく表情を変えて、無理やりに笑顔を作る。
「お、オーッホホホ! そ、ソンナコトアリマセンワヨ!?」
「……一気に不自然になりました。その、もしかして失礼な事を言ってしまったでしょうか……?」
心持、しょんぼりした顔を浮かべるディアに『うぐぅ!』と息を詰まらせた後、クレアは諦めた様にため息を一つ。
「……まあ我が家は田舎の男爵家ですので。侍女が独り、執事が独り、男爵屋敷と言っても他の家よりちょっと大きい、くらいの小さな領土なんですよ。私だって『お嬢様』って呼ばれて……すら、無かったかも。よく考えればガキ大将のジムなんか私のこと『お嬢、お嬢』って呼んでたし……」
「……」
「……まあ、そんな訳で素の私の口調ってこんな感じなんです。男爵令嬢なんて言っても、精々、村長の娘程度の格式と言いましょうか……まあ、そんな感じですので……あの、失礼な口調ですみません」
恐縮しきりのクレア。そんなクレアに一瞬だけ目を丸くした後、ディアはにこやかに微笑んだ。
「……なにが失礼でしょうか。今のクレアさんの方が……その、親しみやすくて好きですよ?」
「……変な感じじゃないです?」
「まあ、貴族令嬢として合格点を上げられるかと言えば微妙な所ですが……あ、そうです! もし、ご迷惑でなければ『そういった』貴族の言葉遣いとかテーブルマナー、お教えいたしましょうか? 一応、私は公爵令嬢ですし、王妃教育も受けていますので……クレアさんが気になされているのであれば、私がお助けさせて頂きますが……」
如何でしょうか? と不安そうに問うディア。その不安そうな表情を見てクレアは思う。
「――え? マジですか?」
「ええ、マジですわ。無論、今のクレアさんのままも素敵ですので、二人の時とか、親しい人と一緒の時は今のままで居て下されば嬉しいですが……」
「クラウディアさんに失礼じゃ無ければ、そりゃ私は有り難いですけど……でも、なんか申し訳ない気も……」
行儀作法を学ぶのも結構、お金が掛かる。専用の家庭教師とか、ある程度は書籍で知識を手に入れたりの『教育』分野だからだ。それを無償で教えて貰うのは、流石にクレアも抵抗がある。そんなクレアに、ディアは笑みを更にますます増して。
「さっき、言ってたではありませんか?」
「へ? 村長の娘?」
「そうではなく」
――友達が喜んでくれたら、嬉しい、と。
「……私の知識でクレアさんのお役に立てたら嬉しいです。私の恋愛相談を手伝ってくれた対価、と捉えて頂いても構いませんが……欲を言えば」
友達の為にしてあげたいと、そう思って欲しいと嬉しそうに笑うディアに、クレアは息を呑んで。
「…………大天使クラウディア」
デスク教ではテンバーン神を主神とし、クラウディアを大天使として祀る事にした。




