第三十三話 受難のクレア、りたーんず
「それで? 話とはなんですか?」
ジョディ先生が学園長に報告するために教室を飛び出した後、ホームルームに来たのは別の先生だった。『一時間目と二時間目、自習になります』と告げて慌てた様に出ていくその先生を見ながら、机の上でぼんやりとしていたクレアに『少しお話、良いですか?』と声を掛けて来たのはディアである。連れだって教室を抜け出し、やって来た食堂で紅茶とお菓子をテーブルの上に置くと、対面に座るディアにクレアが口を開く。
「その前に……朝は少しご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
「いえ、お気になされず。まあ、何があったか教えて頂ければとは思いますが」
『アレで少し?』とは思わないでもない。思わないでもないが、悩み自体は人それぞれだし、別にそこまで迷惑でも無いからいっか、というのがクレアの思考である。どのみち、もうすでにクラスでは独り浮き状態だし、と。
「……そうですね。その……これには色々理由がありまして……こう、何処からお話をして良いものか……」
頬を赤く染め、少しばかり照れくさそうに両手の指をちょんちょんと突き合って潤んだ瞳で上目遣いでクレアを見やるディア。そんあディアの姿に、クレアは小さく息を呑む。
「…………なにこの可愛い生き物」
「はい?」
「コホン。なんでもありません」
元々ディア、『悪役令嬢』なだけあって目鼻立ちはしっかりしている、いわゆる『綺麗系』とか『美人系』、或いは『格好いい系』の見た目なのだ。いや、顔描き分けできて無いのにという意見もあろうが、なぜか『わく王』、女性キャラの容姿に関してはそこそこ真面だったりするのである。皆右向きだが。
そんな『綺麗系』のディアが、いじらしくも照れ照れしながら伺う様にクレアを上目遣いで見ているのだ。いわばギャップ萌え、そりゃクレアからだってこんな感想も出る。
「そ、その……お耳を貸して頂きたいのですか……」
「内緒話ですか?」
クレアの言葉に、ディアは真剣な表情で頷き。
「はい……国家の機密にかかわります」
「え? 聞きたく無いんですけど、普通に」
ドン引きである。そんなクレアに、ディアはぐっと距離を一歩詰める。
「お願いします! 聞いてください!!」
「いや、流石に田舎男爵令嬢に厳しいんですけど!? え? や、やっぱりクラウディアさん、私の事嫌いなんですか!?」
「嫌いな人にこんな相談しません!!」
「いや、ガチで勘弁してくださ――え、ええ~。それ、ズルくないです?」
クレアの服の袖の部分をぎゅっと握ってプルプルと震えながら涙目で上目遣い。そんな庇護欲そそるディアの姿に、クレアは『はぁ』と息を吐く。
「……その話を聞いて、私の命に危険とか及びます?」
「いえ、命の危険は及びませんし……最悪、バラしたとしても特にクレアさんに何がある訳ではありません。というより、出来れば積極的にバラして行って頂ければ、とすら思っております」
「……積極的にバラす国家機密ってなんですか、それ?」
それは既に機密じゃない。精々、公然の秘密だ。
「……その、私一人だけではどうしようもない様な気がしていまして……出来れば、少しだけお手伝いをして欲しいと申しましょうか……」
自信なさげに揺れる瞳。その瞳に、『はぁ』と息を吐く。
「……分かりました。それじゃ、話を聞きましょう。耳を貸せば良いんですか?」
「え、ええ。そ、それでは……」
「……」
「で、でも……や、やっぱりちょっと恥ずかしい様な……」
「………」
「ど、どうしようかな~。あ、く、クレアさん? 積極的にバラすと言っても、こう、良い感じに匂わせくらいでお願い出来れば!」
「…………」
「で、でも、それじゃ何にも変わらない気もしますし……う、うん、頑張れ、ディア! で、でもでもでも!」
「………………帰って良いですか?」
『だ、ダメです!』とクレアの袖を先ほどよりも力強くぎゅっと握るディアは、見上げた視線の先にクレアの白い目を認め、きょろきょろと辺りを見回してからクレアの耳元に唇を近付けて。
「――じ、実は……わ、私、ルディの事が……す、好きなのです!」
「え、知ってた」
一体、どんな国家機密を打ち明けられるのかと思っていたクレア、きょとんである。
「し、知っておられたのですか!?」
「あ、いえ……知ってたって言うか……昨日の食堂の光景見てたらなんとなくというか……」
気持ち悪いぐらい距離が近かったです、とか、口元拭いたハンカチにヤバい顔をしてました、とはクレアは言わない。だって彼女は出来る女の子だからだ。華麗に空気を読む少女、それがクレアなのである。
「……あれ? でも、ルディ様言ってましたよ? クラウディアさんは、エドワード殿下の事が大好きだって。涙を流してたって」
「そこまでルディは話していましたか。ですがそれ、全部誤解なのです。あの時は、その……ルディに頭を撫でて貰ったのです。だ、大好きなルディに頭を撫でて貰って……う、嬉しくて涙が出て……こう、気持ちが高ぶったと言いましょうか……恥ずかしい話ですか」
顔を真っ赤に染めてそういうクラウディアに、クレアにっこり。なんだ、良い話じゃないか。大好きな人に頭ナデナデされて、感極まって涙が出るなんて、クラウディア様、乙女だな~なんてニヤニヤ笑みがクレアの顔に浮かぶ。クレア、十五歳。甘いお菓子と素敵なイケメン、他人のコイバナは大好物なのだ。
「いいじゃないですか~! 全然恥ずかしくな――」
「――恥ずかしい話ですが……発情しました」
「――うん、恥ずかしい話じゃない。はしたない話だ、それは」
恥ずかしい所の話じゃなかった。感動を返せ、とクレアは思う。
「と、ともかく! 私はルディの事が幼いころから大好きなんです。五歳の頃から十年、ずっとルディだけを見て来たんです! で、ですから……お願いです、クレアさん!!」
ぎゅっと、クレアの手を握って。
「――私とルディの恋を応援して貰えませんか! そ、その……お友達として!!」
「……友達って選ばないとダメだな~」
これ、なんかとんでもなく面倒くさい事に巻き込まれたと思い、クレアは手を握られながらツーっと涙を一筋、流した。




