第二百九十二話 要領がよすぎる
なんとも言えない顔になるアベルとエディ。先に立ち直ったのはエディで、コホンと一つ咳払いをして見せる。
「……まあ、クラウディアの事は良いです。いえ、あんまり良くは無いんですが……まあ、今言っても仕方ないですし。問題はアルベルト公の方ですので」
「そうだ。今、娘大好きな親バカアルベルトは絶賛、ご機嫌ナナメだ。主に、お前のせいでな?」
「恨みつらみはまたお聞きします。今は、この事態をどう収拾するかにつきます。そして、その収拾の一つとして」
「ルディの王位継承を認める、か~」
「……そうです。父上が仰ったように、私とクラウディアの仲は……まあ、その……ええっと……」
「いじめっ子といじめられっ子?」
「……その言われ方は流石に拒否したい所ではありますが……まあ、大筋では外れてはいません。正確には嫁と姑の様ないびられ方でしたが……命の危機もありましたし……あれ? よく考えたら私、あんまり悪い事してない様な気が……」
冷静に考えれば……まあ、冷静に考えなくても悪いのは概ねディアである。なのである意味、『ざまぁ』をしたのは間違いでは無いのだが……残念ながら、ざまぁされた方は全く堪えてないのである。可哀想なのは何時だってクレアだ。
「あの娘大好きなアルベルトの逆鱗に触れて、尻尾を踏んだんだぞ? 悪いのはお前だ。ああ、人としてではないぞ? 王族として、だ」
「……はい。そこは……反省します」
「……まあ、気持ちは分からんでもないがな。ただ、王族、貴族なんてイキモノは、好きな人間と愛を育むことなど夢のまた夢だ。そこの所はしっかり押さえておいて貰いたいものだな」
そう言って、アベルは椅子に深く腰を掛け、中空に視線を飛ばす。
「……そうだな。ルディが王位を継承し、次期国王陛下。さらにその国王陛下の配偶者としてメルウェーズ家のクラウディア嬢。これがアルベルト……というより諸侯貴族の妥協点か、やっぱり」
「そうですね。それがベストかと」
エディの言葉に、アベルは中空に飛ばしていた視線をエディに向けてジト目で睨む。
「……なんかエディばっかり得をしていないか? お前、昔からルディが王位に就くべきって言ってたし」
アベルのジト目を真っ直ぐ……真っ直ぐ……真っ直ぐ受けきれず、エディは視線をついっと逸らす。
「……なんのことやら?」
「お前な……?」
呆れた様なアベルのため息。そのため息を聞いて、エディは逸らしていた視線をアベルに戻す。
「まあ、冗談はともかく……兄上が国王に即位するのが現状で取りうるベストの選択ではないでしょうか? 確かに私も軽率な行動を起こしましたし、そこになんの意思も無かったとは言いません」
「軽率は認めるのか?」
「もう少し、軟着陸な方法もあったでしょうが……」
一息。
「……我慢の限界でした」
真っ白に燃え尽きた様なエディの姿に、思わずアベルも口籠る。流石に実の息子が可哀想過ぎたからだ。
「……お前も大変だったな」
「分かって頂けますか、父上?」
「あ、ああ」
「父上も仰いましたが、所詮は政略結婚です。別にクラウディアに愛など求めていませんし、クラウディアだって私の愛など要らないでしょう。ですが……幾ら嫌いでも、あんな扱いは……あんまりです」
「……」
アベル言葉もない。
「……まあ、それも今は昔の話です。私の評価も下がっていますでしょうし、メルウェーズ公も今更クラウディアを私に嫁がせようとは思っていないでしょう」
「……まあな。正確にはアルベルトのやつ、ラージナル家に嫁を出すかどうかも分からないけどな。お前のせいで」
「……まあ、それはそうかもしれませんが……ですが、そうは言ってもメルウェーズ公も国家の事を全く考えて無い訳ではありません。どころか、誰よりも国家の事を考えておられるでしょう。少なくとも、諸侯貴族の中では」
「……まあ、そうだろうな」
「加えてクラウディアですよ? あの兄上大好きなクラウディアが、メルウェーズ公は止めた所でとまると思いますか? 私は止まらないと思いますが」
「……まあな」
アベルも知っているのだ、クラウディアの暴走っぷりは。
「クラウディアの幸せの為なら、メルウェーズ公爵も認めるでしょう。加えてこれはアインツ、クラウスも認めている事になります。次期宰相、次期近衛――第二、でしょうが、国家の中枢におさまるであろう人物も好ましいと思う案になります。どうでしょう、『陛下』? これに皆様のお力があれば国内の動揺も治める事が出来ると思いますが?」
「……あー……うーん……」
エディの言葉にアベルが腕を組んでうんうん唸る。そんなアベルの姿に、素朴な疑問がエディに浮かぶ。
「……父上は昔から――本当に幼い頃はともかく、十歳を超えたあたりからは私を後継者にしようと考えておられたように思います」
「まあな」
「ですが、兄上の事も当然、父子の情はありましょう。兄上はどうしようも無い方ならともかく……国王として決して満たないお方では無いと思いますが……なぜ、そこまで兄上の国王即位を拒まれるのですか?」
長子相続が普通なのだ。エディが『国王になりたい』とごねているのであればともかく、優秀――まあ、そこそこ優秀な兄が即位をすることをなぜ、これほど父王が拒むのか純粋に疑問なのだ。そんなエディの疑問に、アベルは肩を竦めて。
「あいつは……まあ、要領がいいからな。というか、要領がよすぎるからな」
「要領がよすぎる……?」
「まあいい。このことは宰相とメルウェーズ公とも相談しよう」
そういってアベルがひらひらと手を振った。下がれのその合図に、エディは黙って席から立って頭を下げた。




