第二百九十話 民意仕立ての英雄
「……燃える水って……」
「どういう理論でそうなっているかは分からん。分からんが……どうだ? これは石炭の代わりとなり、蒸気機関の動力になり得ると思わないか?」
エルマーの言葉に、ルディは小さく頷いて見せる。
「……石油」
「ふむ? 石油というのか? 確かに油ではあるかも知れんな。まあ、燃えるという意味ではだが」
何でもないようにそういうエルマーに、ルディは小さくため息を吐いて椅子に深く腰掛ける。
「……まさか、石油まで出るとは。大発見じゃない」
「大発見、ね。で、どうだ? この『石油』というのは、蒸気機関の動力になり得ると思うか?」
エルマーの問いに、ルディは今度は先程と違い大きく頷いて見せる。
「うん。これは石炭以上に、蒸気機関を発展させるものになるよ」
蒸気機関、或いは蒸気機関車というものを思い浮かべる時、煙突から煙をモクモクと吐き出して走る姿を思い浮かべるだろう。詳しい説明は省くが、火室と呼ばれる場所で石炭を燃やして高温の燃焼ガスを作り、その熱エネルギーにより水を沸騰させ蒸気を作り、その蒸気を持って動かすのである。煙突からモクモクと煙が出るのはこの石炭を燃やしている時の噴煙である。このため、『蒸気機関と言えば石炭』と思い浮かべがちであるが、煙害や火災防止、出力増大や機関助手の負担軽減などの様々な理由で『重油』を使用し、人力を節約して高出力を得るために火室に重油バーナーを設置した『蒸気機関』も存在するのだ。
「……凄い発見だね、本当に」
「ルディがそう言うならばそうなのだろうな。となると、だ」
「……アーヘンの価値は飛躍的に上がるね」
ルディの言葉にエルマーは満足げに頷いて見せる。
「アーヘンであったという事は別の場所でもある可能性は高いだろう。高いだろうが、あるかどうかも分からない様な場所を無策で掘るのもどうかと思う。金も湯水のようにある訳ではないしな? どうだ、ルディ? この『発見』は、お前の『王位』にとって有用なものになるのではないか? 少なくとも、マイナス評価では無いだろう?」
「……そうだね」
「ルディが王位に就くのであれば、技術院に勤める父上は全力で説得しよう。なに、父もルディの発明に関しては一定の理解を示している。ルディが有用だというのであれば、無碍には扱わないさ」
「……」
「勿論、アインツやクラウスも協力してくれるだろう。アインツは宰相閣下を、クラウスは近衛騎士団長を説得してくれるさ」
そう言ってエルマーはルディをじっと見つめる。
「今のお前とエディの評価では、エディの方が上だ」
「そうだね。厳然たる事実だ」
「この発見がこの国に大いなる発展をもたらすものであれば、その『栄誉』をルディ、お前が独占しろ。陛下にはお前の発見として伝えろ。いいや、陛下だけではない。国民の全てにそれを知らしめろ。そうすれば」
次の国王陛下は、お前になるさ、と。
「流石にそこまで甘くないんじゃない?」
「なにを言うか。この石油という物質が軍事に――というより、蒸気機関に有用なのであれば、それは必ず民間にも降りていくだろう」
「……まあ、そうだろうね」
軍事利用されていた技術が民間にまで降りてきて、その技術により民間の生活が豊かになることは多々あるのだ。
「でも、僕が発見したわけじゃないじゃん」
「いや。確かに燃える水、『石油』を発見したのは第二近衛騎士団の団員だ。だが、その有用性を『発見』したのはルディ、君じゃないか」
アメリカ大陸の『発見』と同義だ。見つけたのは団員だが、その利用価値を見出したのはルディなのである。
「そう言われれば……」
「いいか、ルディ? この発見により、お前は『英雄』になるんだ。その『英雄』が国家のトップ、国王陛下になりこのラージナル王国を運営していくんだ。民衆も喜びそうな話だろう? 英邁な君主を頂いた素晴らしい国家。いいじゃないか」
「英雄って……僕に英雄の要素は無いんじゃないかな? 武術もからっきしだし」
「英雄の仕事は何も槍働きだけじゃないさ。それに、良いじゃないか、英雄。お前にぴったりだよ」
「荷が重いんですけど。そもそも英雄って、なろうと思ってなれるものじゃなくない? ああいうのって自然発生的に生まれるものじゃないの?」
「英雄が『生まれる』? はん。ルディ、何を言っているんだ」
ふんっと皮肉気にエルマーは笑い。
「英雄は、『作られる』んだ。ルディ、俺が、俺たちがお前を『英雄』にしよう」




