第二十八話 ディアが気持ち悪いのはデフォ装備です。
メアリの部屋を後にしたディアはコツコツと足音を立て、一路エディの部屋を目指す。目当ての部屋の前についたディアは、コンコンコンと三度のノック。室内から聞こえる『どうぞ』の声に、そのままドアを開けて室内に歩みを進める。
「……珍しいな。こんな短期間で私に会いに来るなんて」
「ええ、私もそう思います。貴方になんて会いたくもないのに」
「兄上には逢いたいのにな。いいじゃないか、同じ顔だし俺で――あぶなっ!? お前、直ぐに手を出す癖、マジで治せよ! 殆ど病の類だぞ、それ!!」
「貴方がちっとも面白くない冗談を言うからですよ、エドワード殿下」
ふんっと鼻を鳴らし、ディアはエディの目の前の椅子に腰を降ろす。『勧めて無いのに……』と小声でつぶやくエディを無視し、ディアはエディの視線に自分の視線を合わせる。
「貴方と同じ空間なんて御免被りますので単刀直入に言います。エドワード殿下、さっさと評判を落としてください。廃嫡になるくらいの、大きめなのが良いですね。学園の大講堂でも爆破しますか? あの、歴史的建造物の。盛大な花火になるでしょうし」
「……それだと犯罪者になるだろうが」
呆れた様にため息を吐くエディ。
「まあ、そんな事はしなくても大丈夫だ。直ぐに私の評判は地に落ちるさ。『恋多き王子』なんて世俗の喜びそうなネタじゃないか?」
皮肉気に口角を上げるエディに、クレアが先ほどのエディの様にため息を吐いて見せる。
「ああ、クレアさんに絡んでいるのは今すぐやめて下さい。流石にアレでは彼女に友達が出来ませんし……なにより、可哀想です」
ディアの言葉に、エディが目を大きく見開く。
「クレア『さん』?」
「ええ。お友達になったんです、私達」
「……マジか」
「ええ、マジです。なんですか、その表情は? まさか私が友達の一人も居ないとでも思っていますか、エドワード殿下?」
「いや、そっちじゃなく」
「では……ああ、彼女が男爵令嬢なのが気になりますか? まさか貴方、私がそんな事を気にする様な――」
「……クレア嬢、可哀想に……こんな悪魔に無理矢理友達にされて……やはり、これは私が守って上げなくて――ぐふぅ!!」
「……いい加減にしてください。誰が悪魔ですか、誰が」
「つつつ……いい加減にしろはこっちのセリフだ。お前、流石に鳩尾はヤバいだろう、鳩尾は。一瞬、一昨年他界した母方のお祖母様の顔が見えたぞ?」
お腹を抑えつつ、転げ落ちた椅子に座りなおすエディ。ちなみにディア、椅子に座ったままで腕のスナップと腰の回転だけでこの膂力である。公爵令嬢で無ければ、一角の武闘家になれていたかも知れない。
「ともかく、クレアさんにこれ以上絡むのは止めてあげてくださいな。アインツとクラウスまであの子の周りを取り囲んだら、本当に彼女が孤立してしまうでしょう?」
「……まあ、それはそうだな。だが、流石に今のままでは彼女の悪評も心配だ」
ちらりと視線をディアに向ける。その視線を受け、ディアははぁ、と大きく息を吐いて見せる。
「……だから私が此処に来たんでしょう?」
「頼めるか?」
「そうですね。元婚約者の最後のお願いですし……私が庇護しましょう、クレアさんの事は」
「……迷惑を掛けるな。すまん」
「良いですわよ。それに、彼女には本当に感謝してますし。どういった思考回路に陥ったら、入学式の日に婚約破棄して、そのまま別の女性に婚約を申し込むのかは理解できませんが」
「それを言われると……でもな? 私も――」
「ああ、いいです。理解できませんが、興味もありませんから」
「――――……お前、私に興味無さすぎだろう?」
「興味があった方が良かったでしょうか?」
「いや……ああ、いいやだな。別に私に興味を持って欲しいとも思わんし」
「でしょう?」
何でもない様にそういうディアに、エディは肩を竦めて見せて、その後真剣な表情でディアを見やる。
「だが、これでは一つクラウディアに借りが出来る」
「構いませんよ?」
「私が構う。クラウディアに借りを作ったままなんて怖くて夜も眠れんし」
「……貴方ね?」
「まあ、これは冗談だが……だが、クラウディアだって面白くはないだろう? その、お前がクレア嬢と仲良くしていると……こう、クラウディアの評判が……」
「……あら? 私の心配もしてくれるのですか?」
「……まあ、幼馴染だしな」
そっぽを向くエディに、ディアは苦笑を浮かべる。いつも喧嘩ばかりだし、仲良くは出来ないが、別に顔を見たくないほど嫌いでも無いのだ、ディアはエディを。
「では、一つ提案を」
「分かった。それで良い」
「……まだ提案してませんが?」
「流石にクラウディア、私に死ねとは言わんだろう? 私が死ねば兄上も悲しんでくれるだろうし」
「……まあ、そうですね」
「そのくらいは信じているさ。それで? 具体的に、どういう提案だ?」
エディのその言葉に、ディアはにこやかに微笑んだ後――頬を赤く染め、チラチラとエディを見やる。人差し指をちょんちょんとしながら、恥ずかしそうに、潤んだ瞳をエディに向けて。
「――うわ、きもちわる」
「ぶっ飛ばしますよ?」
そんな表情も一瞬、夜叉の表情に戻る。そんなディアを見てエディは心の底から安堵の息を漏らした。これでこそ、ディアだと。
「一々暴力に訴えるな。それで? 何が言いたいんだ?」
「そ、その……る、ルディが国王に即位するとなったら、私、ルディのお嫁さんになるじゃないですか?」
「……ああ、まあそうだろうな」
「そ、その……その時に、公にしても良いでしょうか? その……これは政略結婚でも何でもなく……」
――私の初恋はルディです。ルディのお嫁さんになれて、私は幸せです、と。
「……国中に祝福された私は、ルディの隣で微笑むんです。神父さんの前で永遠の愛を誓い、そのままキスをして……その後の、しょ、初夜は……え、えへへへへへへへ~!!」
「……帰って来い、クラウディア。兄上が見たら百年の恋も覚める程の気持ち悪い顔してるぞ?」




