第二百八十八話 『そういう』対象
「……それにしても……」
エルマーの『俺、どうせボッチだから! だから近衛騎士団でボッチでも全然問題ねーし!』という、メンタルが強いのか悲しいのか分からない発言に心の中で涙を流しつつ、ルディはテーブルの紅茶を一口。
「……意外ですね」
「なにがだ?」
「いえ、ユリア先輩って……こう、なんて言うんだろう? 『そういうの』あんまり興味ないのかな~って思ってたんですけど」
「『そういうの』?」
首を傾げるエルマーに、ルディは言葉を継ぐ。
「BL」
ガラパゴス化しちゃったラージナル文化は、良くも悪くも『オタク文化』に近しい。日本でいう所のサブカルチャー的なやつが、メインカルチャーになっちゃった感じの文化であり……『ぐぅ! 俺の右手が……!』とか、『くっくっく……これは俺の仮の姿』みたいな文言が刺さる層にはクリティカルで刺さる、中二文化でもあるのだ。ルディが、『あれ? 僕、なんかやっちゃいました?』みたいな言葉に密かに憧れがあったのも、言ってみればこのラージナル文化の影響だったりする。
「ユリア先輩もちゃきちゃきのラージナルっ子だし、『そういうの』に興味が無いとは言わないけど……なんていうか、もうちょっと『そっち』じゃないのが趣味だと思ってたんだけど。純愛っていうか……ノーマルっていうか」
ユリアもラージナル文化の庇護の下、すくすく育ったラージナルっ子だ。当然、ラージナル文化への適応力もある。あるがしかし。
「趣味じゃないのかって思ってた、ユリア先輩。乙女だし」
どちらかと言えば乙女チック――まあ、実際は監禁系乙女という、かなり怖い乙女チックではあるも、男性と女性の恋愛が好きそうなタイプにルディには映っているのだ。首を捻るルディに、エルマーは小さくため息を漏らし。
「……」
「……え? なに? なんでそんなジト目を僕に向けるの、エルマー先輩?」
その後、ジト目を向けるエルマーに、ルディが少しだけ焦る。そんなルディにエルマーは再びため息を吐いて。
「……言っておくけどな? ユリア嬢が『そっち』の方面に目覚めたの、お前のせいだぞ?」
「……はい?」
「いや、正確にはお前のせいではないかも知れないが……メアリ嬢、居るだろう? ルディの専属侍女の」
「め、メアリ? い、いるケド……」
「メアリ嬢に教えて貰ったらしい。『メアリさん、色んな知識知ってて凄いし! なんか、私も新しい扉、開いちゃった~』と言っていたからな」
「……」
「……恋愛系もだが……その、BL系も教えて貰ったとの事だ」
「……それ、僕のせいじゃなくない?」
「……」
「……なんで黙るのさ?」
「……メアリ嬢が言ったかどうかは分からん。分からんが……『私ね? エルマー様の事、大好きなんだよ? だから、そんなエルマー様が他のどろぼ――女性を褒めたり、その人の事を好きになったりしたらきっと嫉妬に狂うと思うんだ~』と言っていてな?」
「分かるよ。言いそうじゃん、ユリア先輩」
「……その後、『……でも……そんなエルマー様が私以外の誰かに愛を囁いている姿を見るのは……ちょっと、興奮するんだ~』と……」
「属性多すぎない、それ!?」
愛が深い、NTR属性持ちの性獣の誕生である。
「……そんな思想をメアリ嬢に植え付けられたユリア嬢だが……まだ、少しだけ正常な判断が下せるんだ。『本当に女の子だったら許せないと思うし。でも、男の子で……しかも、昔から仲の良いルディ様ならちょっと許せるかも』とか言い出して……」
「それ、正常な判断なのかなぁ!? なんか思想と思想が悪魔合体してない!?」
「……最近では、『でも……無理矢理エルマー様が誰かに奪われるのも……アリ?』とか言っているがな」
「ヤバいヤバいヤバい!! ユリア先輩、もう引き返せないところまで行っていない!?」
メアリは悲しき獣を産み出してしまったのだ。
「……まあ、そうは言っても想像上だから許せる……というか、楽しんでいるんだろうが。実際にそんな事になったら、きっと血の雨が王都に降るだろう」
「そうだろうけども! っていうか、自分の想い人をその想像の対象にするのってどうなの!?」
生物反対派なのである、ルディは。まあ、趣味の範囲で誰にも迷惑を掛けないのであれば否定はしないが、少なくとも自分がその対象にされるのは勘弁なのだ。
「っていうか、それ、僕の責任じゃなくない!? メアリのせいじゃん!! いや、まあメアリは僕のお嫁さんになるから、僕の責任って言えば責任とも言えるかも知れないけど!!」
「まあ、使用者責任という言葉もあるし、雇い主としてのルディの責任もある。あるが……」
少しだけ、言い難そうに。
「……俺もまあ、人の事は言えんが……お前もなんだ? あんまり女性に興味がある態度を取っていなかっただろう? つるんでいるのは俺やクラウス、アインツだし……その、『そういう』想像の対象にされやすいっていうか……」
「酷い冤罪だ!!」
本当に。




