第二百八十四話 え、マジで?
「……どういう意味でしょうか、メアリさん。ルディがその……チラチラとメアリさんを見るとは……」
メアリの言葉に興味津々、クリスティーナがごくりと喉を鳴らしながらそんな事を聞く。ディアもディアで興味が無さそうな――嘘、こちらも興味津々な様子でメアリをチラチラとみている。そんな二人の視線を受け、メアリは嫋やかに笑んで見せた。
「簡単な事に御座いますよ。このメイド服――まあ、ルディ様が『夏にいつも通りのメイド服だったら暑いでしょ?』と言って作って下さったのですが」
「ええ、聞いています。我が家でも導入しようか、とお父様が言っておりましたし」
「そうなのですか、クラウディア様?」
ディアの言葉に驚いた様にメアリがそう問うと、ディアがしっかりと頷く。
「『王城の侍女は夏になっても活動量に然程の変化が無いと聞く。秘密は衣装と聞いていたが』と仰っていました」
ルディ以前の使用主にとって、『侍女の服を複数用意する』という発想は無かった。まあ、洗濯の関係もあって複数着用意することはあっても、複数『種類』となると皆無であったのだが、これを改革したのがルディである。
「……まあ、お金もかかる事ですし現実にはなっていませんが」
曖昧にそう言って見せるディアに、クリスティーナが肩を竦める。
「またまた。それくらいの金銭、ラージナル王国一の大貴族であるメルウェーズ家が支払えない訳が無いでしょう? 周りのやっかみが怖いのですか?」
「……否定はしませんね」
前述の通り、ルディの改革までこっち、侍女の扱いは決して良質と言えるものでは無かった。暴力や、見目麗しい侍女の場合は……みたいな事もままあったのである。っていうか、今も厳然とした事実としてあるのだ、今も。
「メルウェーズ家の侍女の待遇が良いという評判になれば、他家もある程度は追従しなければなりませんものね。侯爵や伯爵ならばともかく、子爵や男爵には難しいですか?」
「それもありますし……ごめんなさいね、メアリさん? そもそも『そこまで侍女にしてやる必要があるのか』という層も……まあ、いますし」
「まあ、そうでしょうね」
『俺は雇用主だ。だから偉いんだ!』という層も一定数というより相当数いるのである。なまじ、ディアの実家であるメルウェーズ家が諸侯貴族のドンである以上、メルウェーズ家の動向は諸侯貴族も気にするし……まあ、ボスがやった事なら真似しよっか、という流れもあるのだ。不興をかうのもイヤだし。
「別段気にしておりませんよ、クラウディア様。そういう貴族がいるのも当たり前ですし。ただ……『侍女』の立場から言わせて貰えるのであれば、『夏服』という仕様は随分と過ごしやすいです。掃除、洗濯は勿論、料理だって結構な重労働ですしね? 夏の暑い中、生地の厚いメイド服で過ごすのは非常に厳しいのは厳しいのですよ」
家に帰ればクーラーがあり、冷蔵庫を開ければ冷たい飲料があり、冷凍庫の中にはアイス常備の現代日本では無いのだ。メアリの言う通り、肉体労働メインの侍女業務をこなすのは特に夏の暑いさかりは非常に辛いのである。
「その点、ルディ様の考案されたこの夏服は素晴らしいですね。生地も薄く作ってありますし、袖も半袖となっています。スカートの丈も少しだけ短いので、非常に涼しい。更に、生地自体も汗を吸収しやすい材質で作られていますので……夏場の侍女仕事も快適に過ごせます」
心持誇らしげなメアリの脳内に、王城に来た他家のメイドの羨望の眼差しが思い出される。それは、決して涼しい服装をしているという実利的な面だけではなく、『主に此処まで大事に思って貰えている』という眼差しであることは、聡いメアリは当然理解しているし。
「……専属メイドの特権です」
そして、その寵愛を『ただ一人』受けているという優越感もあるのだ。メアリにしてみれば、『どうだ、良いだろう!』とドヤ顔をしたいくらいの気分なのである。
「……まあ、それは良いです。話を戻しますが……夏服は生地も薄いですし、スカート丈も短い。そして、侍女仕事というのはある程度肉体労働――つまり、体を動かす仕事なワケです」
「ええ。それは理解しております」
「そうなれば幾ら涼しい恰好といえ、夏ですと汗もかきます。そうなると」
下着のラインが、見えます、と。
「しゃがめば下着が見えそうにもなりますしね? その時のルディ様の視線と言えば……」
そう言って、どこか倒錯的な笑みを浮かべるメアリを見たディアとクリスティーナ、どちらからか判別できない、生唾を呑む音が聞こえた。




