第二百七十九話 国家と、娘と
「……地位も名誉もお金もあるって……」
クリスティーナの言葉に、イヤそうな顔を浮かべるディア。だが。
「……まあ、そうでしょうけど」
言っていること自体は間違ってはいない。なんせ、真正のお姫様なのだ、クリスティーナは。そら、地位も名誉もお金もあるのだ。
「……じゃあ、私が正妃で良くないですか? クリスはやりたくないし、やるメリットもない。私もどっちでもいいですけど、家と……まあ、国家の事を考えるとやっておいた方が良いのは良いですし」
ディアの家的に――というより、ラージナル王国という国家的に必要な事ではあるのだ、ディアの『次期国王への輿入れ』というのは。将来的にはラージナル王国民となるクリスティーナにとってもメリットのある話ではあるのだ。誰だって嫌だろう、内乱の恐怖がある国に嫁ぐのは。
「……まあ、そうなんですよね。正直、その方が私も良いのですよ。クララが正妃になった方が……まあ、『おさまり』が一番良いのは良いのはイイですけど……」
はぁ、とため息。
「……ウチのメンツが潰れますので。メンツ商売ですし、ウチのトコロも」
なんか、ヤの付く自由業みたいな事を言いだした。まあ、これも間違ってはいない。右の頬を殴られたら、倍返しするのが貴族稼業なのである。
「……それはまあ」
「……そうでしょうが……」
ディアもメアリも貴族令嬢、ある程度クリスティーナの言っている意味は分かる。
「というよりも、ウチの実家的にはクララが正妃、私が側妃になると烈火の如く怒るでしょうね。こういう言い方はイヤですが……『公爵家程度』に、負けたとなると……」
「……まあ、王族のメンツは丸つぶれですか」
「私が正妃になったら、それこそ戦争になりそうですね。クリスティーナ様のお言葉なら」
「メアリさんが正妃になったらクララの実家も怒りそうですがね。それこそ、クレアちゃんが王妃になるみたいなものですし。それに……まあ、ウチの実家的には私が正妃になった方が良いでしょうしね」
「それは……ああ」
言い掛けてメアリが何かに気付く。黙ってうなずくディアとを交互に見つめ、クリスティーナはため息を吐く。
「そうです。ウチの実家的にはラージナル王国が荒れてくれた方が都合が良いですし。まあ、本当に内乱になって貰っても困るんですが……主に難民問題とかで。そこそこ荒れてくれて、そこそこ内乱の火種が残ってくれる程度の方が良いですし」
今の状態なんて、ウチの国からしたら棚からボタモチですよ、と今日何度目になるかのため息を吐いて見せるクリスティーナ。
「エディのお蔭で、クララの実家との仲は最悪と言っても良いですしね。諸侯貴族と宮廷貴族の仲が拗れてくれればスモロアとしては言う事は無いんですよね。そう考えると……メンツを抜いても、私を正妃に付けようとするでしょうね。メルウェーズ公爵家も他所の王族には中々文句も言えませんし……まあ、王女と公爵令嬢なら、王女を正妃にするのは通例としてもおかしくないですからね。そうなると」
「ウチの実家は国王家に不満がつのる、と」
「それも王家――まあ、ルディの方にでしょうが。それを許せるクララでも無いでしょう?」
「絶縁まで考えますね」
「そこまで行くのは少し、ですが……まあ、スモロア王家としてもメルウェーズ公爵家に格の上で負けるのは許せない、プラスして私を正妃にした方が国益になるというのであれば」
間違いなく、私の正妃を推すでしょうね。
「……あの……一つ、質問なのですが」
「はいどうぞ、メアリさん」
「その……クリスティーナ様の御父上は、クリスティーナ様の幸せをお考えでは無いのでしょうか? クリスティーナ様としても、正妃なんて面倒くさいとお考えなのでしょう?」
「まあ、そうですね。どうしても、と言われればやるのは問題ないですが、好んでやりたいとは思いません」
「で、あるのであればですよ? もし、もしですよ? クリスティーナ様がそのことを御父上にお話されれば、流石にスモロア国王陛下も考え直すのでは?」
これが希望的観測であることはメアリも分かっている。分かってはいるが、確かめざるを得ないとばかりに口にしたメアリに、クリスティーナは疲れた様に笑って。
「――考え直す訳ありませんわ? だって、スモロア王家にとって、『国家』と『娘』なら、当然国家を取りますもの。そんな事、当たり前じゃないですか」
何事も世知辛い世の中なのだ。貴族社会は、とかく生きづらい世の中なのである。




