第二百七十五話 クビ宣告
大暴走――と言って良いのか、ともかく色々と問題があった林間学校から帰って来たルディの部屋には二人の人間が向かい合って座って寛いでいた。一人は当然、部屋の主であるルディであり、もう一人は。
「ほら、メアリも飲んで。美味しいよ?」
「は、はぁ……」
ニコニコ顔のルディに紅茶を差しだされて困惑顔を浮かべるメアリである。その、どうにも居心地の悪そうなメアリの表情に、ルディがニコニコ顔を少しだけ困った顔に変える。
「……イヤ、かな?」
「い、いえ! い、イヤな訳ではありません! ルディ様手自ら淹れて下さった紅茶を頂けるのは望外の幸せです! 望外の幸せなのですが……」
一息。どう言ったらいいかと少しだけ頭を悩ませた後、恐る恐るメアリは口を開いて。
「ええっと……その、物凄く……気を遣います」
メアリはルディの侍女である。当たり前だが侍女とは紅茶を淹れるのが仕事――という訳でも無いが、まあ、ルディとメアリ、どっちが紅茶を淹れるかとなれば当然メアリが淹れるのが当たり前である。
「そ、そもそもルディ様は第一王子殿下ですよ!? その様な方が手自ら紅茶を淹れるなんて……」
「そう? アインツもクラウスも気にせず飲むよ? メアリだって見た事あるでしょ? あの二人が僕の淹れた紅茶を飲んでる姿」
「あ、ありますが……で、ですが、お二人と私では立場が違います!! あのお二人はルディ様の幼いころからのご友人です!」
「あれ? メアリもそうじゃない? そりゃ、確かに主人と侍女の関係ではあるも……でも、幼いころから知っている、信頼して尊敬できる人間だと思っているんだけど?」
少しだけ揶揄うようなルディの言葉に、思わずメアリは言葉に詰まる。
「そ、それは……あ、ありがとうございます。で、ですが! 身分が違います!! お二人は宰相令息で侯爵家嫡男、近衛騎士団長令息で伯爵家次男という地位の高いお二方ですよ!? そ、その様なお二人と並列で私などを……」
「あー……うん、まあ、そうだけど……僕、その考え方はあんまり……」
「分かっています! ルディ様がこの様なお考えをされていないことは! で、ですが……ルディ様の格を落とす事になりますよ!?」
「メアリだって男爵家の四女、立派な貴族令嬢じゃん。貴族令嬢に男性王族が傅くのはそんなに珍しい事でもなくないかな?」
「それは社交界でのエスコートの話でありましょう!? しかも、それは高位貴族の間でこそ成り立つのです! 私など、貧乏男爵の四女に過ぎない、貴族の末席を汚す程度の存在ですよ!? そんな女に、ルディ様が、第一王子自らが――」
「林間学校でさ? クリスとディアに告白した」
「――っ!」
「まあ、告白って言うか、なんていうか……ちょっと格好は付かなかったんだけど……」
照れくさいのか、『たはは』と笑って頭の後ろに手を置くルディ。そんなルディを見つめた後、メアリはゆっくりと微笑む。
「それは……おめでとうございます」
「あれ? 僕、告白したって言ったけど、成功したとは言って無いんだけど……」
「なにを仰いますか。あのお二人がルディ様に愛の言葉を囁かれて、頷かない筈がありません。それほどに……あのお二人は、ルディ様をお慕いしておりましたので」
そう言って目をつむり、両手を胸の所に持っていき。
「本当に……よう、御座いました」
まるで、花が咲くような綺麗な笑みを浮かべて見せるメアリ。そんなメアリに少しだけ見惚れたか、ルディがポーっとした視線をメアリに向ける。
「? どうしましたか、ルディ様?」
「――っ! な、なんでもない――ああ、違う。その……メアリの笑顔があんまりにも綺麗だったからさ? その……ついつい、見惚れちゃった」
「……ありがとうございます」
唐突なルディの『綺麗だ』発言に、メアリの頬にさっと朱の色が差す。その頬の色を誤魔化すように――というか、メアリも頭が回っていなかったのだろう。いみじくもメアリ本人が言った、『ルディに淹れて貰った紅茶』という、メアリ的には不敬の産物にその手を伸ばして。
「それで、なんだけどさ? その、メアリ? そろそろ」
侍女を辞めないかい? というルディの言葉に。
「……え?」
伸ばしかけていた手を止めて、メアリは呆然とルディを見つめていた。




