第二百七十二話 なんでもない、幸せ
「なんですか、ルディ!! なんでそんなにクリスにばっかり構うんですか!! っていうかクリス、今完全に私の事、忘れていましたよねぇー!? なに二人の世界に入っているんですか!! 公衆の面前でなにおっぱじめようとしてやがりますか、この痴女!!」
自分の事を完全に棚に上げてクリスティーナに詰め寄るディア。そんなディアに、一瞬『びくっ!』と怯えた様にクリスティーナは体を震わせて見せた。だって怖いのだ、ディアのその、夜叉みたいな顔が。が、それでもクリスティーナは王女である。恐怖におびえた表情は一瞬、そのままにこやかに微笑んで。
「ごめんなさい、クララ。思わず……ほら、今の私、ルディに『求められて』いますから!」
煽る事にした。良い根性しているのである、この王女様。そして、彼女は知り尽くしているのだ。この、公爵令嬢として知性も教養も、そして恥性も痴性も持ち合わせている少女は、ことルディの事になると煽り耐性が著しく下がる事も。長い付き合いである。
「はぁ!? 何がルディに求められているですか!! 勘違いしないでくださいね、この泥棒猫!! 貴方にルディが寄せているのは……ぐぅ……ま、まあ? 多少の恋心はあるでしょう。あるでしょうが!! そこにある一番の感情は恋慕の情ではありません!」
一息。
「同情です!!」
ビシっと指差してそんなことを言うディアに、クリスティーナはクリティカルヒットを食らった顔で胸を抑えて、叫ぶ。
「それ、言っちゃダメなやつでしょう!? ええ、ええ! 分かっていますよ!? 分かっていますけど!! それ、言っちゃダメなやつでしょう!?」
クリスティーナだって分かっているのだ。ルディにとって自身は妹分みたいなもんであり……まあ、多少は恋心も下心もあるだろうが、ルディが彼女を選んでくれた一番の理由は幼少時から逢うたびにプロポーズをしてはフラれ続けていた、自身の『しつこさ』であり、最終的な決まり手が押し出しであることも。そこを的確に突くディアには、当然人の心とかはない。
「っていうかですね!! 貴方だって人の事、言えますか!? そもそもクララ、エディの婚約者でしょ!? それがエディにフラれたから、ルディに同情して貰えただけじゃないですか!!」
「やめて!! その黒歴史は私にキく!!」
ディアの言葉に『黒歴史……いや、分かってはいたけども……』とエディが悲しそうに呟いたが、誰もエディを慰めようとは思わなかったし、行動にも起こさなかった。別にエディの事が嫌いな訳ではない。エディだって『黒歴史だよ! なんでクラウディアが婚約者なんかだったんだよ! 俺はもっと優しくておっぱい大きい子が良かったよ!!』くらいは、状況が許せば言っていただろうことを知っているからだ。アレだ。自分が言うのは良いが、人に言われるのはイヤなのである、エディ。正確には『クラウディアだけには言われたくない』だが、些末事だ。
「……僕、そこまで言って無いんだけど……」
だから、今回同情されるべきはルディである。ルディはちゃんとディアもクリスティーナも大事だし、これからの事ではあるが愛することを誓っているのである。それなのに、その愛すべき伴侶候補が言い争いをしているのは悲しいのだ。内容が内容だけに悲哀さは更に倍、である。そんなルディの肩にクラウスがポンっと手を置いた。
「まあ、なんだ……愛されてるじゃん」
「……本当にそう思う?」
「お、思うぞ? なあ、アインツ? 愛されているよな、ルディ!」
クラウスの言葉に『俺に振るのか、このバカ野郎』みたいな顔を浮かべた後、少しばかり言いあぐねて……諦めた様にため息を吐いてアインツは口を開いた。
「……まあ、やっている事は本当にしょうもない言い争いではあるが。そこに間違いなく、クリスもクラウディアも愛があるのは間違いないと思うぞ?」
そこまで喋り、アインツはあーっと天を仰ぎ。
「……というか、あいつら、なんであんなしょうもない事で言い争い出来るんだ? 他国の王女と、この国の最高爵位の令嬢だぞ? あいつ等、あんなバカだったか? もう少し優秀だろうが」
心底軽蔑し切った顔で尚も言い争いを続ける二人にジト目を向けるアインツ。そんなアインツに、クラウスは苦笑を浮かべる。
「まあ……でもな? 俺、良かったと思うぜ?」
「は? 何言ってるの、クラウス? ボケた?」
「ボケたのか、クラウス? 若いのに……」
「おい、親友。酷くないか?」
今度はクラウスがジト目を向ける番。そんなクラウスのジト目を受けても『信じられない』という目で見てくる二人にため息を吐いて。
「……楽しそうじゃん、あいつら」
「……」
「何時だってどっか影があっただろ、二人とも。でも今は、ああして好き放題――本当に『好き』放題言っているんだ。小さい頃から大好きだった男の子の事を。内容はまあ、確かにしょうもないし、なんで自分の尊厳切り売りして喧嘩してるんだって思うけどさ?」
そんな『しょうもないこと』を言えるのは、幸せな事だろ? と。
「だから、ルディ? 頼んだぜ? この幸せ、守れるのはお前だけなんだからな!」
そう言ってクラウスはルディの肩をポンっと叩き笑顔を浮かべた。
――クラウスは知らなかったのだ。この幸せを守るのはルディでは無い事も……そんな力は、ルディには無い事も。




