第二百七十一話 目の前に夜叉
「……まいったね」
クラウスの――ある意味ではとんでもない我儘というか、独りよがりの発言にルディが苦笑を浮かべて肩を竦めて見せる。本当に、トンデモナイ話である。話であるが。
「……良いの、エディ?」
ルディのその視線の意味と、言葉の意味。その二つを正確に理解し、エディは本当に嬉しそうに微笑んでみせる。
「――勿論です、兄上。兄上こそ、ラージナル国王に相応しいお方です。このエドワード、兄上の手足として粉骨砕身、努力をして見せましょう」
片膝をついて、仰々しく。そんな仕草をして見せるエディに苦笑を浮かべて、ルディは視線をアインツに向ける。
「アインツも……助けてくれる?」
「勿論だ。エディの様な仰々しい態度をとるつもりは今はないが……ルディが本当に国王陛下になった時は、俺もルディに頭をたれよう」
「今はしてくれない?」
ルディの言葉に、アインツは苦笑を浮かべて首を左右に振って見せる。
「俺だって今すぐしたい所ではあるが……お前、結構直ぐに逃げるからな? その『逃げ癖』が治ったと……即位した暁には頭でもなんでも下げてやるさ」
アインツの言葉に『うっ』と言葉を詰まらせた後、ルディも苦笑を浮かべて見せる。
「不敬じゃない?」
「不敬、と言わせてくれる立場になってくれ。頼むぞ、ルディ。期待しているから」
そんなアインツに曖昧に微笑み――それでも、力強く頷いたあと、視線をクラウスに向ける。
「……クラウス」
「俺はまあ、第二近衛を率いる事になるだろうし、アインツやエディ程、お前の側に侍る事は無いかもしれねーけど……まあ、それでもお前の助けになるさ」
ニカっと笑ってそう言った後、クラウスはコホンと咳払いを一つ。
「……まあ、そうは言ったが俺はどっちでも良いってスタンスは変わんねーから。もし、お前が本当に嫌なら、それはそれでもイイと思うしな」
「そうはならない。必ず……クラウスに、剣を捧げて貰える人間になるから」
「……そっか」
嬉しそうに微笑んだクラウスに、同じように微笑を浮かべた後、ルディは視線をクリスティーナに向ける。
「……クリス」
「……はい」
真剣な表情でルディを見つめるクリスティーナ。そんなクリスティーナに、微笑を浮かべて。
「僕は、クリスに嫁いで欲しい。そして、その為に国王陛下になる必要があるのならば……僕は国王陛下になろうと思う」
「……それは、ルディの負担になりませんか?」
「負担になんかならないさ。他ならぬ、クリスを娶る為なら」
そこまで喋り、苦笑を一つ。
「……まあ、好きな女の子をお嫁さんにするために国王に即位、なんて父上とか宰相閣下、それに騎士団長殿にぶっ飛ばされそうだけど」
「そんな事は無いです。私が嬉しい、というのは差し引いても……ルディは、国王になる資質のあるお方です。だから……決して、その様な、『ただの我儘』では無いですし……」
そこまで喋り、言い淀み――そして、意を決したように。
「それに……一人の女の子として、とても、とても嬉しいです。私の為に、ルディが、そんな決断をしてくれることが」
「……クリス」
「本当に、ご迷惑を掛けると思っているんです。思っているのに……とても、とても嬉しいんです。ルディが、そこまでしてまで手放したくないと思って下さっていると思う事が、本当に、本当に嬉しくて」
一歩、また一歩とクリスティーナはルディに歩みを進め。
「――ルディ」
彼我の距離はやがてゼロに。ルディの腕の中、その中にすっぽり収まる形でクリスティーナはルディに抱き着き、そしてルディを抱きしめる。
「……本当に、嬉しい。幸せ……」
幸せそうな顔でルディを見上げた後、ルディの胸に自身の頬を寄せて、すりすりと甘えるようにルディに引っ付くクリスティーナ。そんなクリスティーナの姿に、一瞬、驚いた様に体を膠着させた後――ルディも、そっとクリスティーナの体を抱きしめる。
「……良い王になるよ」
「……はい」
「クリス可愛さに王に即位、なんて言われないように……良い、国王陛下になってみせるから。国も、クリスも守る……そんな王に」
「……出来ますよ、ルディなら」
そう言ってクリスティーナはルディを見上げて微笑んで。
「……いい雰囲気だと、思いませんか?」
ぽそりとそう呟いて、瞳を閉じて顎を上げる。その仕草に、クリスティーナが何を求めているかを悟ったルディは、苦笑を浮かべた後、周りを見渡して、そっとクリスティーナの唇に自身のそれを落とそうと――
「――なーにーをーしーてーいーるーのーでーすーかー!!!」
視界の先に、夜叉となったディアを見て、『ひゅん』となった。何処とは言わないが。




