第二百六十九話 クラウスはそんな事言わない
クラウスの言葉に、しばしの間室内に沈黙が落ちる。そんな沈黙を破ったのはアインツの言葉だった。
「……クラウスの御高説は分かった。ああ、『御高説』といったが別に嫌味で言った訳じゃない……という訳じゃないか」
「え? この流れでなんでお前、嫌味が言えるんだよ? 俺、そんな変な事言ったか?」
アインツの言葉に、イヤそうに顔を顰めるクラウス。まあ、それはそうだ。クラウス的には結構真面目に語ったつもりだったのに、それを『御高説』なんて嫌味を言われたら決して面白くはないのだ。
「喧嘩売ってんのか、アインツ?」
剣呑な視線を向けるクラウスに、アインツは『いやいや』とばかりに左手を顔の前で振って見せる。
「いや、正直驚いた。クラウスはもう少し感性で動いているタイプだと思っていたが……いや、『人に愛される資質』云々は感性と言えば感性の話なんだろうが……」
「んだよ。別に良いだろうがよ」
「いや、正直に言って感嘆したさ。クラウスの語った言葉は若干、感性に寄った発言だろう。発言だろうが、確かに言っている事に間違いはない。そうだな。エディがどれだけ優秀だろうが、それがどうしたという話だ。究極、エディが独りで仕事をする訳ではない。内政は俺が働くし、軍事はクラウスが働く。それならば……悪い意味ではなく、王に求められる資質はその働く人間がどれだけ支えたいか、という意思の方だろう」
「そういうのはお前も分かってただろうがよ?」
「ああ。だが、『愛される』という言語化は出来ていなかった。ルディとエディを比べて、そのどちらを評価する方法として『愛される』という言語化は素晴らしいさ。そういう意味ではクラウス、謝罪しよう。俺はお前の事、もうちょっと脳筋だと思っていた」
「……失礼なヤツだな、お前も」
今更の話ではあるが。軽く頭を下げるアインツに、クラウスは『はぁ』とため息を吐いて視線をエディに向ける。
「……別にエディの事が嫌いってワケじゃねーぞ? さっきも言ったけど、俺はお前が王でも全然良いしな。支えがいがあると思ってるよ」
クラウスの言葉に、エディが微笑んでみせる。
「ありがとう、クラウス。そしてその言葉を疑ってもいないさ。仮に俺が王になっても、クラウスもアインツも……まあ、エルマーも支えてくれるだろう。それくらいには……そうだな、『兄上ほどではないにしろ』、俺も愛されているとは思う」
「……」
エディの言葉に、奥歯にモノが挟まった様な、歯痒そうな顔を浮かべて見せるクラウス。そんなクラウスに、エディは微笑を苦笑に変えて見せる。
「そんな微妙な顔をするな、クラウス。別にそこまで気にしていないさ。俺よりも兄上の方が愛される……というかな? そもそも」
俺も、兄上を『愛している』と。
「お前たちが俺を評価してくれるのは素直に嬉しいが……困った事に、俺もどうしようもなく、兄上が『好き』なんだ。この人に仕えたいと、この人を王にしたいと……この人の下で、俺は俺の力を存分に使いたいと、そう思っているんだ」
苦笑を朗らかな笑顔に戻して、エディは視線をアインツに向ける。
「これはクラウスに一本取られたんじゃないか、アインツ?」
「まあな。クラウスらしい、言葉のチョイスだと思うさ。だが、悪くない。そうだな。これからの王は『愛される』のが資質だろう。王城での『政治』でもこの言葉を前面に押し出していこうか」
「……俺が言ったことだけどよ? 良いのかよ、次の王が『愛される方』って。そら、俺らの中なら良いかもしれねーけどよ? 俺やお前の父上は納得してくれないんじゃねーか?」
「俺の父上は元々ルディ派だしな。まあ、宰相が表立ってルディを応援しているなんてなったら流石に王城が割れるから黙ってはいるが。まあ、父上の話はどうでも良い。むしろ、そういう感性の話だからこそいいとも言えるしな。お前の言葉を借りるなら、ペーパーテスト云々の話になればエディの方が優秀なのは分かる。だが、『愛されている』という話であれば、簡単に優劣は付けられないだろう?」
「……逆にルディに不利じゃねーか?」
「そもそも不利なんだ。絶対に負ける勝負よりは、どっちが勝っているか曖昧な勝負の方が勝算はあるだろう。まあ……どっちにしろ、負ける気はしないがな」
何時になく獰猛な笑顔を浮かべて見せるアインツに、クラウスは肩を竦めて見せる。
「おお、怖い怖い。まあ、散々『御高説』とか馬鹿にしていたけど、俺の言ったことだって別に変なことじゃないだろう? なら、これからは俺のことバカキャラっていうのは――」
「ああ、違う」
「――やめて……違う?」
「ああ。お前が決して脳筋一辺倒な人間でないのは分かっている。何時からの付き合いだと思っているんだ。お前は単純ではあるが、思慮が浅い訳では無いのも十分知っているさ」
「……そりゃどうも」
アインツからのベタ惚れとも言える評価にそっぽを向くクラウス。照れているのだ。そんなクラウスに、アインツは暖かく微笑んで。
「だが……お前がなんか頭が良さそうな事言うと、鳥肌が立つんだ。こう……キャラじゃないというか。もうちょっとお前には『難しい事はわかんねーぜ! ともかく、やってみよう!!』みたいなキャラであって欲しい」
「褒めるんだったら最後まで褒めてくんねーかな!」
俗にいう、『クラウスはそんな事言わない』である。




