第二十六話 趣味が実益を兼ねる最高(最低)のカタチ
「はぁ~……それにしてもこの部屋、本当に落ち着きますわね~」
部屋中に溢れる『ルディグッズ』に囲まれてほっこりしながら、メアリの淹れてくれた紅茶に口を付けると、ディアは『ほぅ』と艶めかしい吐息を漏らす。美少女のディアがしていればさぞ艶っぽいと思いそうなものだが、今のディアはだらしない笑顔でルディ君ぬいぐるみを抱きしめながらルディ同人誌を読んでいる最中なので、なんとも残念な姿にしか映らない。
「そうですね。私もルディ様に囲まれて生活していると、満たされる感覚になります。おはようからおやすみまで、暮らしを見つめるルディ様なので」
「天井も良いですわね?」
「ああ、天井の『ルディ様、天使の微笑ポスター』ですか? 何時でも私に極上の笑みを浮かべて下さいますので安眠出来ますね」
「ああ、本当に羨ましい!」
ぽふんとメアリの部屋のベッドに寝転がり、『ルディ様、天使の微笑ポスター』を見つめ『にへら』とだらしない笑みを浮かべるディア。が、それも一瞬、ディアは真剣の顔になりながら、ポケットから一枚のハンカチを取り出すとメアリに見せた。
「それは……クラウディア様のハンカチ、ですか? それがなにか?」
「落ち着いてください」
そのハンカチをゆっくりと開く。その光景を凝視し、メアリは首を傾げた。
「……ハンカチのマトリョーシカですか?」
出てきたのはもう一枚のハンカチだ。ディアが何をしたいか分からず、首を傾げるメアリにディアはにっこりと微笑み。
「――ルディの口元を拭ったハンカチです」
「それは」
メアリ、ドン引き。
「――特級の聖遺物ではないですかっ!」
しない。する訳ない。ディアの手元を見つめるメアリの目がキラキラと光る。
「ええ。これはおそらく、特級に類するものだと思いましたのでこちらにお持ち致しました。如何でしょうか?」
「……幾らでしょうか? 給料の二倍……いや、三倍は出しますが?」
「あら? 嘘かもしれませんのに、そんな簡単にそんな事を言ってもよろしいので?」
「クラウディア様なら、そんなしょうもない嘘を言わないと思っておりますので」
「ふふふ。ありがたいですわね、貴方からの信用。心配しないでください。これは間違いなく本物です。勿論、証明できるものはありませんが……私の、ルディへの愛に誓って」
「信じます。クラウディア様の、ルディ様への愛を」
なんかいい話をしているようであるが、これ、ルディの唾液の付いたハンカチの売買シーンである。後、ちなみにだが『聖遺物』とは宗教上のカリスマなどが残した『遺物』の事であるが、ルディは別に天に召されたりはしていないので悪しからず。
「ありがとうございます。それに、何を水臭い事を言っているのですか、メアリさん。私と貴方の中でしょう? 全部、とは言いませんが、お譲りしますよ? 半分で良ければですが」
「半分……ですが、それではルディ様の持ち物を裂いてしまう、という事でしょう? それは流石に、ルディ様に申し訳ないと言いましょうか……やはり、敬愛するルディ様の持ち物を――」
「これ、私のハンカチです」
「――クラウディア様。私はその、ステーキソースの付いている方が良いです」
「……私から提案したことですけど、流石に貴方、手のひらが『くるくるー』じゃないですか? 私のモノなら裂いても良いって事ですか?」
「誰のモノでも裂いていいとは言いませんが……今回はクラウディア様の言い出した事ですし」
そう言って机の中から鋏を取り出すとディアに手渡すメアリ。そんなメアリに深くため息をつき、ディアは自身のハンカチを均等に切り分ける。
「よく切れる裁ちばさみですね?」
「趣味ですので」
「趣味? ああ、刺繍ですか?」
貴族令嬢の中でも『刺繍』を趣味にしている令嬢は多い。メアリも男爵令嬢であり、別に変な事ではない。ないのだが、少しばかり微妙な表情を浮かべるメアリに、ディアは首を捻る。
「いえ、刺繍では――まあ、刺繍もありますが……もう少し、しっかりした裁縫ですね」
メアリはそのままクローゼットに歩くと、その扉を開けて一着のジャケットを取り出す。
「……これは? なんだかどこかで見た事がある様なデザインですが……」
出て来た男物のジャケットに再度ディアは首を捻る。そんなディアに心持胸を張って。
「――ルディ様のジャケットです」
「なにそれ、詳しく! 詳しく!!」
ディア、喰い付く。爆釣である。
「先日、学園のお祝いに、と、手作りジャケットをプレゼントさせて頂いたのですよ。勿論、素人の手遊び程度の品、ルディ様には失礼かと思いましたが……」
「……ルディ、絶対喜んだでしょう?」
「涙ぐんで『ありがとう、メアリ! 大事に着させて貰うね!』と言って頂きました」
「絶対、ルディならそう言いますわね。そして、メアリさん? 貴方、分かってルディに渡しましたね?」
「……ルディ様が私達下々が手間を惜しまず作ったものを、貶すハズがありません。仕事でしている料理ですらいつも『美味しい、美味しい』と笑顔で食べる方ですよ?」
「……そうですね。ルディ、そういう人ですものね……ですが、なぜこちらにルディのジャケットがこの部屋に?」
「同じジャケットを二着、作っていましたので。良く出来た方をルディ様にお渡ししました。仮縫いもしましたし」
「……本格的ですわね」
「……クラウディア様?」
「? なんですか?」
「分かりませんか? 『仮縫い』もしました」
「ですから、それが――」
その時、ディアの頭脳に電流が走る!
「ま、まさか……」
ディアの言葉に、メアリはにこやかに笑みを浮かべ、自身には少し大きいジャケットに腕を通し、そのまま両の手で自身を抱きしめ。
「――――ああ……ルディ様の香りがします。まるで、ルディ様に抱きしめられているようで……私は、もう……!!」
「っく……彼シャツの上位版ですかっ……!」
珍しく、だらしない顔になったメアリと、悔しそうに臍を噛むディアの姿がメアリの私室の中にあった。本当に、さいっこうに気持ち悪い。




