第二百六十八話 君の方が、ちょっとだけ
「……つまり」
しばしの沈黙の後、クリスティーナがポツリと口を開く。
「……クラウスは、ルディが王位を継ぐのは反対って事……ですか?」
まるで懇願するかの様な――お願いだから、貴方は賛成してと言わんばかりの表情を浮かべるクリスティーナ。そんなクリスティーナの視線に、クラウスが『うへぇ』とばかりに顔を顰めて見せる。
「おいおい、何を聞いているんだよ、クリス。俺は言っただろ? どっち『も』良いって。ルディに王位を継ぐ意思があるんだったらルディが継ぐ方が良いとも思っているしな」
そう言って面々を見まわしてから、もう一度口を開く。
「今は王城内でエディを推す勢力が多いだろうな。その……気を悪くするなよ、ルディ。正直に言って……まあ、なんだ? エディとルディの二人を比較した場合、能力的に優れているのはまあ……」
言い難そうに『あー』とか『うー』とか視線を中空に彷徨わせて。
「……正直、エディの方が能力値は高いと俺は思っている」
ルディに気を遣う様なそんな視線。そんな視線を受け、ルディはにこりと笑って見せる。そんな事、クラウスに言われるまでもなく百も承知なのだ。だから、ルディは笑顔で。
「そんなに気にしなくて良いよ、クラウス。クラウスの言う通り、能力的にはエディの方が――」
「――は? 何を言っているクラウス? 兄上より、俺の方が能力が上? 寝言は寝て言え。っていうかお前、俺らの幼馴染だろう? 一体、何を見ていたんだよ? 兄上と俺なら月とスッポン、提灯と釣鐘だろうが。どう考えても兄上の方が優れているに決まってるだろう? 馬鹿なのか、お前?」
「そうですよ、クラウス。何を寝惚けた事を言っているんですか? エドワード殿下よりルディが劣る所なんてどこにも無いですよ? どうしたんですか? お疲れですか、クラウス? それともいい医者を紹介しましょうか? 主に、頭の」
「落ち着いてください、二人とも。ですが、クラウス? その言葉は訂正を。エディが優れていないとは言いません。言いませんが、流石にルディと比べるのは酷では無いですか? しかも、ルディよりエディの方が優れているなどと……正気の沙汰とは思えませんが? まさか貴方……エディの方がルディよりも王の器などという戯言を抜かすのでは無いでしょうね!?」
「……こえーよ、お前ら」
繰り返すが、ルディは認めているのだ、ルディは。ただ、残念ながら、狂信者どもがもう、本当に『残念すぎる』だけで。そんな幼馴染の姿に、本当に悲しそうな顔を浮かべてクラウスはため息を吐いた。
「……別にルディよりエディの方が王に向いているなんて言うつもりはねーよ。まあ、ペーパーテストのスコアとか、実技の面での運動神経とか……政策っていうか、『国王たらん』とする気概みてーなもんはエディの方が優れていると思うけどな」
「だから! それが――」
クラウスの言葉に逆上するように叫ぶディアを手で制して。
「でもな? きっと、ルディの方が……エディより、ちょっと愛されてるんだよ」
「――……」
「クラウディアもそうだし、アインツもそうだ。クリスは言うに及ばずだし……エルマーも、か? それに」
視線をエディに向けて。
「……国王陛下なんて、この国の最高権力者の地位だぞ? そんな地位が手に入るっていうのに……その地位を、『兄上に是非!』とか言っちゃうやつまで居るんだぞ? こんなの、完全に愛されてる人間じゃねーか」
「……クラウス」
「俺には為政者ってのはわかんねーよ? でもな? 一応、近衛騎士の真似事をしている訳で……そんな近衛騎士の立場から言わせて貰うと、『剣を捧げたい』って思わせるって、これ、実はとんでもねーことなんだよな」
全ての為政者が欲する能力。内政は宰相に、軍事は軍務卿に、外交は外交大臣に任せてしまえば良い。そのすべての人間より優れる必要なんて、『真の為政者』には必要無いのだ。真の為政者に必要な能力というのは、そんな『目先の技術』ではなくて。
「――そういう意味では俺はお前ら程、狂信的にルディに熱狂している訳じゃねーよ? だからそういう意味では不幸かも知れねーけど……ああ、違うか。そういう意味で、俺はきっとお前らよりよっぽど幸せなんだよな。なんせ、同じ時代に『剣を捧げたい』っていう相手が二人もいて……その二人のどちらかが王になってくれるんだからな。どっちに転んでも俺には損はねーんだよ。まあ、さっきも言ったけど、本当に王に向いているのはルディの方だって思うけどな。だってほら」
――『忠誠を勝ち取る』という、尤も難しい事を。
「誰よりも愛されるルディは持ってるじゃねーか。これ、『たかが』ペーパーテストとか、武術の腕なんかよりも、『上に立つもの』として大事な事だと思うぞ?」




