第二百六十六話 どっちでも
「……まあ、実際問題ですね?」
お辞儀の姿勢を解いた姿で視線をルディに向けるエディ。エディの言葉にきょとんとした顔を見せるルディに、エディはそのまま口を開く。
「アインツじゃないですが、スモロア王国の姫君がラージナルの王兄『程度』に嫁ぐのは無理があるんですよ。これが山岳連合王国の……そうですね、トリスタン公国の公女あたりならまあ、概ね問題は無いんですが」
兄上は嫌いそうですが、と付け加えてエディは肩を竦めて見せる。
「クリスを娶るとすると、兄上には国王に……そうですね、『ならなくてはならない』んですよ」
「エディ、それは違います。私はルディの負担に成りたく無いんです。そうなったら、私はお父様とは縁を切ってでも――」
「出来る訳ないだろうが、そんな事」
言い募ろうとするクリスティーナを冷たい視線で押しとどめ、エディは言葉を継ぐ。
「……まあ、クリスの言っている事も分からないでも無いですが……スモロアの姫君が、国王の兄と駆け落ちなんてした日には結構な事件になるのは兄上にも分かるでしょう? それなら、兄上が国王になるのが一番早い解決策です。そして、先程も言った通り、兄上が国王になる道は俺が――俺たちが作って見せましょう」
そこまで喋って、ため息を一つ。
「……というか、兄上は何をそんなに頑なに国王になるのを嫌がるのでしょうか? そもそも、兄上は『兄』なのですよ? クラウスの例を見るまでもなく、ラージナル王国は長子相続が原則でしょう? むしろ、今の俺が王太子第一候補って呼ばれている方がおかしいんですよ?」
純粋に疑問だ、という顔でそう問い掛けるエディ。そんなエディに、ルディは一瞬言葉に詰まった後、それでもゆるゆると息を吐きだして言葉を吐き出す。
「……僕が王を継ぐより、エディが継いだ方が良いと思ったからだよ。エディ、君は何をさせても僕より優秀だろう? 国王とは、この国の頂きに立つ人物は優秀じゃ無ければいけないんだよ。そうじゃないと……国民が不幸になるから」
ルディの言葉をじっと聞いていたエディ。それ以上ルディから言葉が出てこない事を確認して、視線をアインツとクラウスに向ける。
「……と、兄上が言っているが……どう思う? 俺は大した差は無い……というか、兄上の方が優秀だと思うんだが?」
「先ほども言ったが、エディも優秀だ。ルディとの差は然程大きくはない。だが……まあ、ルディの方が王位に相応しいと、俺はそう思う」
「そんな事ないよ、アインツ。アインツは勘違いしている。いや、アインツだけじゃなくてエディもディアもだけど……僕、何やってもエディに勝てないよ? 運動も勉強も、そのすべてでエディの後塵を拝しているんだよ? そんな『平凡王子』が王位を継いで良いと、本当に思っている?」
「ルディが平凡なんて、悪い冗談だ。ルディには非凡なものがあるのは五歳の頃から知っている」
堂々とそう言い切るアインツに、ルディは小さくため息を吐く。
「……いつの話をしているのさ。もうそれ、十年も前の話だよ? そりゃ……もしかしたら、その頃は僕の方がエディより優れていたかも知れないけど……」
少しだけ言い淀み。
「……自分で言うのもなんだけど、仮に当時の僕が神童だったとしても……神童も十歳超えたら凡人になるんだよ。言わせないでよ、アインツ。結構キツイんだから、自分でする自虐も」
ルディだって思う所が全くないかと言えば……まあ、そんな事はない。実際、『あれ? 僕、なんかやっちゃいました?』に憧れた時代だってあるんだ。そんな時代を過ごし、それが出来ないことに気付いたルディにとっては、潔く身を引く、というのは、一種の防衛本能の一つでもあるのだ。そんなルディに、今度はアインツがため息を吐いた。
「……どうすれば納得してくれるのか……おい、クラウス? お前も何か言え――って、おい! お前、こんな真面目な話をしている時になんで一人で飯を食っているんだ!!」
アインツが向けた視線の先、そこには朝食バイキングの唐揚げを一つ頬張り、幸せそうな笑顔を浮かべるクラウスの姿があった。
「……んぐ。いや、わりぃ、わりぃ。ちょっと話が小難しくなって腹が減ったからさ? ええっと……それで、なんだっけ? ルディに王位を、って話だったよな?」
「そうだ。お前も思う所あるだろう。お前からも言ってやれ」
「んー……俺はエディやアインツと違って、そんな難しい事を考えるのは得意じゃ無いんだけど……」
そう言って――もう一口、今度はミートボールを口に運ぶ。『おい!』というアインツの言葉に、もう一度『わりぃ、わりぃ』と頭を下げて。
「――ま、俺の意見を言うなら……どっちも良いんじゃね? ルディが王位に就きたいなら就きゃいいし、イヤならやめれば?」
何でもないようにそう言って、クラウスはソーセージを口に運んだ。




