第二百六十四話 我儘姫君の魔法使い
良い笑顔でサムズアップをして見せるエディ。彼の親友として、まあ自身もルディ『推し』ではあるが、それでも友人があっさり負けを認める姿は若干、わびしいものがある。そう思ったアインツがコホンと一つ咳払いをして空気を変えるように試みる。
「エディにはエディの才がある。ルディとは別の才能で有るし、それが即、王の器では無いと思わんさ」
それでも、ルディの方が王に向いていると思っているのでアインツはルディを王に推しているのだが……まあ、それは置いておいて。
「それにしても……スモロア王の覚え目出度いのはルディの方なのか? エディの評判はスモロアにも響いていたと思ったのだが……」
アインツは内政には詳しいが、外交には然程詳しくはない。まあ、当たり前と言えば当たり前、『内政』は国に居ても学ぶことはできるが、『外交』となると情報がどうしたって必要になってくる。学生で、まだまだ情報源を確保出来ていないアインツには『街の噂』レベルの情報を仕入れる事は出来ないのだ。
「そうですね。王城周り――特に私やお兄様の侍女や、供廻りの者にとってはルディの評価は高いです。特に、私の周りはですが」
「クリスの周りに、か。それはあれか? クリスが慕っている男だからとか、そういった理由でか?」
アインツの言葉にクリスティーナは首を振って見せる。
「いいえ」
横に。それだけでは不足と感じたか、クリスティーナは続けて口を開いた。
「まあ、私が慕っているということでルディの評価が高い、というのもあります。ありますが……そうは言っても私とエディだって別に仲が悪い訳では無いでしょう?」
「……まあ」
「なので、その辺りの評価は……好き嫌いで評価を分ける事はしませんよ。というより、それは流石にアインツ、スモロア王国を舐めすぎじゃないですか? お父様も、流石に私がルディを好んでいるからっていう理由『だけ』で、ルディの評価が高い訳ないじゃないですか」
「……では、なぜだ? ルディの評価の多くはルディの幼い頃の言動に起因する。同じ年に生まれたとは思えないほどの知性の発達と、身体能力の高さにだ。だから、我が父上やクラウスの御父上、それに国王陛下もルディに期待していたんだ。スモロア王には……まあ、小さい頃に謁見した事があるだろうが……」
クリスティーナやエドガーは度々ラージナル王国を訪れていた。友好国からの使者として、という側面もあるが、単純にクリスティーナやエドガーがルディやエディを始めとした幼馴染に逢いたかっただけの、ただの小旅行である。そんな理由であるから、または流石に国王陛下がホイホイ国を空けて友好国に遊びに来ることは出来ない為、ラージナル王国に来た回数自体は少ない。そんな中で、ルディの評価が高評価になる事など無いとアインツは思っていたが。
「覚えてないのならそれでも構いませんが……アインツ? 私、初めて貴方達に逢った頃は……まあ、我儘放題の、ちょっと考えても酷いレベルの『悪役令嬢』だったんですよ?」
「……ああ」
そうだ、思い出した、とアインツは思う。今ではしっかり淑女――一部は痴女の部分もあるが、一応は王族として、姫としての矜持を持った令嬢だが、初対面の時のクリスティーナは本当に酷かったのだ。
「……そうだな。そうだったな。最初は『コイツ、一発ぶん殴ってやろうか』と思ったものだ」
「お互い様です。私だって『何コイツ? なんで私に向かってこんな生意気な口聞いてるのよ!!』って思ってましたもの」
そう言って苦笑を浮かべて見せるクリスティーナ。
「お恥ずかしい話ですが、昔の私は本当に我儘放題でした。王城でも本当に皆に手を焼かせて……本当に、穴があったら入りたい」
少しだけ照れくさそうに。
「……でも、そんな私を変えたのはルディとの出逢いだった。ルディは私に、本当に大事なものを教えてくれました。人を尊敬すること、人に対して感謝すること、そして」
人を愛すること。
「ルディに逢ってから、私は少しずつ、でも確実に変化をしてきました。人を尊重し、感謝と謝罪を出来るようになり……ルディを本当に、愛するようになりました」
そう言ってペロッと舌を出して見せて。
「『我儘放題の姫君を一晩で変えた魔法使い』というのが、ルディのスモロア王城でのあだ名ですよ。その魔法の名前が『恋』なんて、素敵だと思いません?」




