第二百六十三話 ルディ大好きっ子
「ただのルディのお嫁さん、ね」
クリスティーナの蕩けた様な笑みを受けても――それがたとえ、世の男性が見惚れる様な笑顔だったとしても、幼い頃からクリスティーナを知り、そしてこの笑顔を向けられる『栄誉』を受けれるのはルディだけと知っているアインツには通用しない。いつも通りの顔を浮かべたまま、アインツは言葉を継いだ。
「なら、言葉を変えようクリス。クリスとスモロア王の仲は良好だと認識しているが、間違いないか?」
「私とお父様ですか? まあ……別に仲は悪くは無いですが」
「だろう? なら――」
「ああ、でも最近ちょっとウザいな~って思うときはありますよ? 特に『なあ、クリス? クリスは昔、パパのお嫁さんになるって言ってたよね? 今でもパパの事大好きだよね?』とか聞いてきたりしますし」
「――……そ、そうか」
「というか私、『お父様のお嫁さんになる!』なんて言った記憶無いんですよ。物心ついた時からルディの事が大好きですし。そりゃ、お父様の事は好きですよ? ですがそれは家族としての愛情であり、幾らお父様とは言え、『お嫁さんになる!』なんて、そんな事を言うはずは無いんですよね。神話の時代じゃあるまいし、父と娘で結婚なんて……ねぇ?」
「『ねぇ』と言われても……」
「っていうか最近お父様、宰相とか外務卿とかにも言うんですよ。『クリスは私のお嫁さんになると言っていたんだ。良いか? クリスの縁組は私を超える人物でないと認めんぞ!!』って。いや、あんなぽよぽよのお腹しているお父様より優れた人間なんて腐るほどいると思うんですよね? っていうか、結構酷い風評被害だと思いません? こないだ外遊した国で、『クリスティーナ様はお父様である国王陛下の事が大好きなのですね』とか言われて……はぁ? って感じなんですけど!!」
「……そうか」
憤懣やるかたない! と言わんばかりにぷんぷんと怒って見せるクリスティーナに、アインツ、沈黙を選ぶ。少なくとも今アインツが思う事は、『娘が出来たとしても過干渉は止めよう』という点だ。反面教師に最適である。
「……まあ、良い。クリスがスモロア国王陛下をどう思っているかは置いておいて……クリスだって自身が生まれた祖国との関係の悪化は望むところでは無いだろう?」
「どういう意味です?」
アインツの言葉に、きょとんとした顔で首を捻るクリスティーナ。そんなクリスティーナに大きく一つ、息を吐いて。
「だってお前、スモロア王に反対されたら絶対、駆け落ちしてでもルディの元に来るだろう? 親子の縁を切ってでも」
「………………まあ、否定はしませんが」
苦渋の決断、と言わんばかりにそう苦しそうに吐き出すクリスティーナ。そんなクリスティーナに我が意を得たりと言わんばかりにアインツは頷いて見せる。こいつはやるといったらやる女だ、という無駄な信頼があるのだ、クリスティーナには。
「ルディが優れた人物であり、クリスの結婚相手として問題ないというのは俺も分かるし、クラウスも、エディも分かるだろう。もっと言えば、スモロア王だって認めているだろうさ。幾ら……まあ、世間一般の評価はエディの方が高くても、ルディだって負けてないくらいの高評価だろうさ」
「……そうですね。むしろ、お父様はルディの方を評価していると思います」
そう言ってちらっとエディの方を見るクリスティーナ。ディアとは違い、『利害関係』が絡まない以上、エディとクリスティーナの関係性はどちらかと言えば良好なのだ。なんせ好きな人の弟、何時か義弟になるかも知れない幼馴染である以上、仲が悪くなる道理がないし……何よりそんな事を抜いてもエディ、クリスティーナにとっては気の良い幼馴染なのである。
「その……エディ? べ、別にお父様がエディの事を評価していない訳では無いのですよ? エディに王の器があるというのはお父様も認めていますし、お兄様にも『エドワード殿下を見習いなさい』と言っています! そ、それに、スモロアではエディの評判も素晴らしいですし!」
慌てた様なクリスティーナのフォロー。繰り返すが、クリスティーナはディアとは違い、エディの事をそれなりに評価しているし、異性としてはともかく、友人としては大好きな部類なのだ。だから、自身の言葉でエディが傷付いたかも知れないと思い慌ててフォローを入れる。フォローを入れるが。
「気にするな、クリス」
そんなクリスティーナのフォローを受け、エディは苦笑を浮かべて見せて。
「そんな顔をしなくてもいいさ、クリス。クリスが兄上の事を好いている事は知っているし……なにより俺自身、兄上の方が俺より優れている事は知っているからなっ!」
ああ、こいつもそう言えばルディ大好きっ子だった。




